全 情 報

ID番号 09461
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 フジ住宅ほか事件
争点 使用者の差別行為による慰謝料請求
事案概要 (1) 本件は、原審被告会社(フジ住宅株式会社)に雇用され、大韓民国(以下「韓国」という。)の国籍を有する原審原告が、被告会社及びその代表取締役会長である原審被告Yから、〈1〉韓国人等を誹謗中傷する旨の人種差別や民族差別を内容とする政治的見解が記載された資料が職場で大量に配布(本件配布①)されてその閲読を余儀なくされ、〈2〉都道府県の教育委員会が開催する教科書展示会へ参加した上で原審被告らが支持する教科書の採択を求める旨のアンケートを提出することを促し(本件勧奨)、これを余儀なくされたほか、〈3〉上記〈1〉及び〈2〉が違法であるとして本件訴えを提起したところ原審原告の訴えを誹謗中傷する旨の従業員の感想文が職場で配布(本件配布?)されたことにより報復的非難を受け、これらにより原審原告の人格権ないし人格的利益が侵害された、などと主張して、原審被告会社の代表取締役である原審被告Yに対しては、不法行為(民法709条)に基づいて、原審被告会社に対しては、会社法350条、労働契約の債務不履行又は不法行為(民法709条)に基づいて、いずれも損害賠償として連帯して慰謝料等の支払を求める事案である。
(2) 一審判決(大阪地裁堺支部)は、原審被告Yに対しては不法行為に基づき、原審被告会社に対しては会社法350条に基づき、いずれも損害賠償として連帯して110万円及び遅延損害金の支払を認容し、その余の請求を棄却した。これに対し、原審原告、原審被告がともにこれを不服として控訴した。なお、原審原告は、訴えの追加的変更により、原審被告らに対して、人格権又は人格的利益に基づく差止請求として、本件配布①及び②と同様の配布行為が今後も継続することが見込まれることから、その差止めを求める請求(以下「本件差止請求」という。)を追加した。
(3) 控訴審判決は、原判決を変更し、〈ア〉本件損害賠償請求については、原審被告らに対して連帯して132万円及び遅延損害金の支払を求める限度で認容し、〈イ〉本件差止請求については、一定の限度で認容した。
参照法条 日本国憲法14条
民事訴訟法143条
労働基準法3条
本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(差別的言動解消法)
体系項目 労働契約 (民事)/労働契約上の権利義務/ (24) 職場環境調整義務
裁判年月日 令和3年11月18日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 令和2年(ネ)1866号
裁判結果 原判決変更
出典 労働判例1281号58頁
労働経済判例速報2481号3頁
労働法律旬報2002号36頁
裁判所ウェブサイト掲載判例
D1-Law.com判例体系
審級関係 上告、上告受理申立て(後、棄却、不受理)
評釈論文 橋本陽子・ジュリスト1567号4~5頁2022年2月
文公輝・部落解放820号84~91頁2022年4月
冨田真平・民主法律時報580号2~3頁2021年12月
柊木野一紀・労働経済判例速報2481号2頁2022年6月30日
金尚均・労働法律旬報2010号29~35頁2022年6月25日
村田浩治・季刊労働者の権利346号93~97頁2022年7月
大橋典子・名城法学論集〔大学院研究年報〕49号29~37頁2022年6月
武井寛・速報判例解説〔30〕――新・判例解説Watch〔2022年4月〕(法学セミナー増刊)299~302頁2022年4月
金星姫・民主法律時報588号1~2頁2022年10月
浅野毅彦・季刊労働法279号204~211頁2022年12月
判決理由 〔労働契約 (民事)/労働契約上の権利義務/ (24) 職場環境調整義務〕
(1)差別的言動解消法において解消されるべきとされている言動の客観的要件を満たすもの(以下「ヘイトスピーチ」という。)は、その表現自体、差別を煽動する効果を有し、危害を加える旨の告知や著しい侮辱といった内容を有するなど、公序良俗に反するものであると考えられ(民法90条)、その表現を更に広める行為は、差別を煽動する効果を更に拡大させ、専ら人種間の分断を強化する効果を有する行為であるということができる。したがって、使用者がこのようなヘイトスピーチを内容とする資料を配布したときは、本邦外出身者に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的がなかったとしても、差別を煽動する効果を有する行為を行ったことに変わりはない。
 その言辞が中韓北朝鮮に対して親和的な見解を表明した人や組織を攻撃するために用いられるときは、ヘイトスピーチと同様、専ら国籍や民族を理由とする対立や差別を煽動し、人種間の分断を強化する効果を有することに変わりはない。そして、本来、古くから我が国と交流があり、歴史的経緯から感情的な対立が生じることもある国やその国民であればあるほど、より深く理解し、多角的かつ客観的に原因を分析する必要があるにもかかわらず、主張者の人格を攻撃するような売国奴等侮辱言辞を記載した資料を職場で配布することを正当化する理由が見当たらないことは、ヘイトスピーチと同様である。
本件配布①のうち、これら2つの類型に当たる表現を含む資料の配布行為については、たとえ反復継続してされたものではなく、その一資料を配布する個別の行為のみであっても、専ら原審原告の民族的出自等に関わる差別的思想を職場において醸成する行為に該当するというべきであるから、在日韓国人の従業員である原審原告の本件利益を侵害する行為であると認められる。したがって、原審被告らは、不法行為責任を負うこととなる。
 本件配布①のように、何の配慮もなく一定の傾向を有する資料のみを継続的かつ大量に職場に流布することは、結果として、職場において差別的思想を醸成させることになり、原審原告の本件利益を侵害する行為となるから、このような状態を是正することなく、同様の資料の配布行為を継続することは、従業員教育を原審被告らの表現行為として捉えたとしても、表現の自由の濫用に当たると解される。
(2)使用者が自己の支持する政治活動への参加を従業員に促すことについては、たとえ参加を強制するものではないとしても、参加の任意性が十分に確保されているか(勧奨の態様、不参加に当たり自己の見解の表明が余儀なくされないか、不参加の容易性等)等、諸般の事情を総合的に判断して、その勧奨が社会的に許容できる限度を超えている場合には違法になるというべきである。
したがって、原審被告らは、本件勧奨により原審原告の人格的利益を侵害したものとして、不法行為に基づく損害賠償義務を負う。
(3)優越的地位にある原審被告らが、本件訴訟の提起を非難する他の従業員や第三者の意見を、原審原告のみならず社内の従業員に対して広く周知させることは、原審原告に対し職場における強い疎外感を与えて孤立化させるものであるとともに、本件訴訟による救済を抑圧するものということができる。
したがって、本件配布②は、原審原告の職場において抑圧されることなく裁判を受けることができる利益(これもまた、原審原告の人格的利益の一つとして法的に保護される利益に当たると解される。)を侵害するものとして、不法行為に当たり、原審被告らはいずれも損害賠償義務を負う。
(4)日本やその民族的出自を有する者を賛美して中韓北朝鮮やその民族的出自を有する者に対する優越性を述べることを内容として含む資料については、その表現内容や文脈を離れて、一律に配布を禁止することは広範囲に過ぎるというべきであり、また、差別的意識を醸成することなく配布する方法を工夫することも考えられるから、職場環境配慮義務の内容としてこれらの資料の配布を停止すべきことが一義的に明らかであるということもできない。したがって、これらの資料については、配布の差止めを認めることは相当ではない。
 本件文書〈1〉の中には、〈ア〉ヘイトスピーチに当たる表現や、〈イ〉特定の国家に対し親和的な見解を表明した特定の人物や組織を売国奴等侮辱的言辞で人格攻撃する表現も含まれていたことを考慮すると、同表現を含む資料の配布については、差止めの必要性が認められる。また、原審原告が、今後、原審被告会社のいずれの部署に属する従業員とも接する可能性があると考えられることからすると、差止めを認める範囲を原審被告会社の職場全体とする必要があると認められる。
 以上によれば、本件差止請求1(本件配布?関連)は、〈ア〉ヘイトスピーチに当たる表現や、〈イ〉特定の国家に対し親和的な見解を表明した特定の人物や組織を売国奴等侮辱的言辞で人格攻撃する表現を含む資料の配布行為の差止めの限度で認められる。
(5)本件訴訟の内容に対する意見、判決の内容に対する批判、本件訴訟における原審被告らの主張や意見の従業員に対する説明は、直ちに原審原告の人格的利益を侵害するものということはできないから、一律に差し止めることは相当でない。
原審被告らが、訴訟における自らの主張や立場を説明することを超えて、原審原告が本件訴訟を提起し、又は追行すること自体を批判し、さらには誹謗中傷する表現を含む前記のような資料を職場で配布することは、原審被告らが使用者としての立場を利用し、本件訴訟の反対当事者である原審原告に対し、本件訴訟を断念するよう圧力をかけるのに等しい行為である。このような行為は、原審原告に強い疎外感を与えて孤立化させるとともに、本件訴訟による救済を抑圧することは明らかであり、抑圧されることなく裁判を受ける利益を侵害するものとして、当該表現を含む資料については配布差止めの対象として認めるのが相当である。
 以上によれば、本件差止請求2(本件配布②関連)は、原審原告が本件訴訟を提起し、又は追行すること自体を批判し、又は誹謗中傷する表現を含む資料を職場で配布する行為の差止めの限度で認められる。