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ID番号 09464
事件名 賃金請求事件
いわゆる事件名 ホテルステーショングループ事件
争点 所定始業時刻前及び休憩時間の労働に対する賃金支払、新型コロナウイルス感染拡大に伴う休業手当の支払
事案概要 (1)本件は、都内で16店舗のラブホテルを営む者である被告(ホテルステーショングループことY)に客室清掃などを担当する「ルーム係」として雇用されていた原告が、
(1) 所定労働時間(午前10時~午後5時、うち45分間休憩)の前の概ね午前9時前後に出勤し所定時間外労働を行っていたこと及び休憩時間に労働を行っていたことを理由とする未払賃金等の支払、
(2) 新型コロナウイルス感染拡大に伴う休業を命じられた際に支払われた休業手当に不足に不足があると主張して労基法26条に基づく未払分の休業手当、有給休暇を取得した際に支払われた賃金に不足があると主張して労働契約に基づく未払分の賃金、及びこれら未払分と同額の労基法114条に基づく付加金等の支払を請求(以下、これらを総称して「休業手当請求等」という。)する事案である。
(2)判決は、原告のいずれの請求も認容した。
参照法条 労働基準法26条
労働基準法32条
労働基準法34条
体系項目 労働時間 (民事)/ 労働時間の概念/ (10) タイムカードと始終業時刻
休憩 (民事)/ 「休憩時間」の付与/(1) 休憩時間の定義
賃金 (民事)/ 休業手当/ (1) 休業手当の意義
裁判年月日 令和3年11月29日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 令和3年(ワ)3129号
裁判結果 認容
出典 労働判例1263号5頁
労働経済判例速報2476号29頁
D1-Law.com判例体系
審級関係 控訴
評釈論文 小西康之・ジュリスト1568号4~5頁2022年3月
判決理由 〔労働時間 (民事)/ 労働時間の概念/ (10) タイムカードと始終業時刻〕
(1)原告は、タイムカードを打刻してから所定始業時刻の午前10時までの間、リネン類の準備作業などを行っており、原告のこれらの作業の性質は被告の業務遂行そのものである。このことに加え、その作業が被告が労務管理のために導入したタイムカードの打刻後に行われていたこと、被告の管理が及ぶ店舗内で行われていたものであること、ほぼ全ての出勤日で同じように行われ続けていたことなどからすると、被告はこのような常態的な所定始業時刻前の作業の実態を当然に把握していたというべきところ、これを黙認し、業務遂行として利用していたともいえるから、上記作業は被告の包括的で黙示的な指示によって行われていたものと評価すべきである。
 そうすると、原告は、タイムカードを打刻してから午前10時までの間も被告の指揮監督下に置かれていたものと評価でき、その時間も労基法上の労働時間と認めるのが相当である。
 なお、原告は、作業が終わってから午前10時になるまでの間に数分程度ルーム係の控室で休息をとっていたこともあったことが認められるが、原告は、既にタイムカード上の出勤時刻から被告の指揮命令下での労働を開始しており、この程度の短時間の余裕しかないのであれば、結局午前10時からの作業に備えてルーム係控室などに在室していることを余儀なくされているといわざるを得ないから、その数分間被告の指揮命令下から解放されていたとは評価できない。
〔休憩 (民事)/ 「休憩時間」の付与/(1) 休憩時間の定義〕
(2)原告においては、ルーム係として客室清掃等の業務を行うことが労働契約上定められた業務であるところ、その業務を行う態様としては、被告からの包括的な指揮命令に基づいて、フロント係からの連絡で客室の煙草処理や忘れ物の確認を行ったり、客室の空き状況や当日の混雑状況などを踏まえて必要があると自身らが判断すれば、客室清掃を行うといった状況であった。そうすると、原告は、午前10時から午後5時までの所定就業時間内においては、実作業に従事していない時間であっても、状況に応じてこれらの業務に取り掛からなければならない可能性がある状態に置かれていたというべきであり、その結果、原則的にルーム係控室に常に在室することを余儀なくされていたものと認められる。そうすると、労働契約上の形式的な45分間の休憩時間や実際に昼食をとっていた時間を含めて、所定就業時間内は、原告には労働契約上の役務の提供が義務付けられていたというべきであり、労働からの解放が保障されていたとはいえない。したがって、所定就業時間内は、全て労基法上の労働時間に当たるものと認められる。
〔賃金 (民事)/ 休業手当/ (1) 休業手当の意義〕
(3)被告においては、新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛などにより、令和2年2月頃以降売上の減少という影響を受けはじめ、同年3月の売上は前年同月比約36%減、同年4月は約68%減となり、その後も売上は停滞した。被告は、このような売上減少に対応するため、同年3月29日以降、従業員全体の出勤時間を抑制することとし、原告には本件休業を命じたものである。このような売上減少の状況において人件費削減の対策を講じたことの合理性は認められるところであり、これによる雇用維持や事業存続への効果が実際に生じたであろうことを否定するものではない。しかしながら、被告は、事業を停止していたものではなく、毎月変動する売上の状況やその予測を踏まえつつ、人件費すなわち従業員の勤務日数や勤務時間数を調整していたのであるから、これはまさに使用者がその裁量をもった判断により従業員に休業を行わせていたものにほかならない。そうだとすれば、本件休業が不可抗力によるものであったとはいえず、労働者の生活保障として賃金の6割の支払を確保したという労基法26条の趣旨も踏まえると、原告の本件休業は、被告側に起因する経営・管理上の障害によるものと評価すべきである。よって、本件休業は、被告の「責めに帰すべき事由」によるものと認められる。
(4)休業手当の未払(労基法26条違反)及び有給休暇取得時の賃金の未払(労基法39条9項違反)もいずれも付加金の対象となるところ(労基法114条本文)、これらの未払はいずれも根拠なく所定労働時間を一方的に変更したとする取扱いに起因するものが大部分であり、未払額と同額の付加金の支払を命じるのが相当である。
 よって、原告の休業手当請求等もその全てにおいて理由がある。