全 情 報

ID番号 09473
事件名 メンタル疾患労働者強制排除地位確認等請求事件
いわゆる事件名 シャープNECディスプレイソリューションズ事件
争点 休職理由以外の理由による休職期間満了での自然退職
事案概要 (1) 本件は、平成26年4月1日からシャープNECディスプレイソリューションズ株式会社(以下「被告会社」という。)に総合職正社員として勤務していた原告が、適応障害を発症して平成28年3月26日に私傷病休職を命じられ、休職期間の満了により平成30年10月31日に自然退職とされた。このため、原告が、〈1〉原告の休職理由は遅くとも平成28年5月には消滅したから、被告会社は同月の時点で原告を復職させなければならなかったと主張して、被告会社に対し、雇用契約上従業員としての地位を有することの確認と、雇用契約の賃金請求権に基づき、賃金、賞与等の支払を求めるとともに、〈2〉被告会社が従業員4名掛かりで原告の四肢を抱えて原告の自席から被告会社の正面玄関まで運んだこと(以下「本件連れ出し措置」という。)は、原告の身体の自由及び人格権を侵害する不法行為に該当し、これにより原告は精神的苦痛を受けたと主張して、被告会社に対し、不法行為の損害賠償請求権に基づき100万円等を求め、〈3〉被告Y(原告が診察を受けていた精神科医)は、必要な検査等を経ることなく、被告会社の意を汲んで、原告が発達障害であるかのように誤導させる内容の診断をし、これにより原告は精神的苦痛を受けたと主張して、被告Yに対し、原告との診療契約上の債務不履行の損害賠償請求権又は不法行為の損害賠償請求権に基づき、300万円等の支払を求める事案である。
(2)判決は、原告の雇用契約上従業員としての地位を有することの確認と雇用契約に基づく賃金の支払請求権を認め、その余の請求を棄却した。
参照法条 民事訴訟法135条
労働契約法16条
体系項目 退職/失職
裁判年月日 令和3年12月23日
裁判所名 横浜地
裁判形式 判決
事件番号 平成31年(ワ)292号
裁判結果 一部却下、一部認容、一部棄却
出典 労働経済判例速報2483号3頁
D1-Law.com判例体系
審級関係
評釈論文 水町勇一郎・ジュリスト1569号4~5頁2022年4月
緒方彰人・労働経済判例速報2483号2頁2022年7月20日
本久洋一・労働法律旬報2013号52~53頁2022年8月10日
川岸卓哉・季刊労働者の権利346号98~103頁2022年7月
判決理由 〔退職/失職〕
(1)原告は、当日の産業医面談でも精神科への受診に納得せず、健康管理室から被告会社内の自席に戻り、涙を流して身体を硬直させ、問い掛けに対しても動く様子が見られず、自席から立ち上がるのも拒む状態になったことが認められる。本件連れ出し措置は、そのような状態となった原告を、原告の両親とともに実家に帰宅させるために、被告会社の従業員が原告を3階にある自席から1階の正面玄関前に停車した原告の両親の自動車の中まで移動させたものであるが、その態様も、従業員2名で原告の両脇を抱え背中を押して歩かせ、途中原告がパーテーションに両手でしがみつくなどの抵抗を示したことから、従業員4名掛かりで、原告の足を持つなどして連れて行ったものである。
 当時の原告の状態からすれば、前記認定のような態様による本件連れ出し措置はやむを得ないものであったと認められ、不法行為に該当するものと評価することはできない。
(2)職務を通常の程度に行える労働能力を欠くことは、いわゆる普通解雇の解雇理由ともなり得るところ、従業員が私傷病により休職したときに、その復職の要件である「従前の職務を通常の程度に行える健康状態」を、当該従業員が私傷病により労働能力を欠くことになる前のレベル(以下「私傷病発症前の職務遂行のレベル」という。)以上の労働が提供できることになったことを意味するとし、私傷病発症前の職務遂行のレベル以上のものに至っていないことを理由に休職期間の満了により自然退職とすることは、いわゆる解雇権濫用法理の適用を受けることなく、休職期間満了による雇用契約の終了という法的効果を生じさせることになり、労働者の保護に欠けることになる。被告会社の従業員就業規則77条1項が、疾病の種類に応じて休職期間を定めていることなども踏まえると、ある傷病について発令された私傷病休職命令に係る休職期間が満了する時点で、当該傷病の症状は、私傷病発症前の職務遂行のレベルの労働を提供することに支障がない程度にまで軽快したものの、当該傷病とは別の事情により、他の通常の従業員を想定して設定した「従前の職務を通常の程度に行える健康状態」に至っていないようなときに、労働契約の債務の本旨に従った履行の提供ができないとして、上記休職期間の満了により自然退職とすることはできないと解される。
(3)原告の休職は、あくまで適応障害により発症した各症状(泣いて応答ができない、業務指示をきちんと理解できない、会話が成り立たない)を療養するためのものであり、原告が入社当初から有していた特性、すなわち、職場内で馴染まず一人で行動することが多いことや上司の指示に従わず無届残業を繰り返す等の行動については、休職理由の直接の対象ではないと考えるべきである。
 主治医である被告Yが診断した平成29年4月24日頃には、原告の適応障害は寛解したものと認められるものの、被告会社における原告の業務を知りうる立場にある産業医が、原告の復職を可能と判断したのが同年7月28日となっていることからすると、原告の休職理由となった、適応障害の症状のために生じていた従前の職務を通常の程度に行うことのできないような健康状態の悪化が解消したといえる時期は、同年7月28日であると認めるのが相当である。よって、被告会社は、この産業医の診断が出た翌月の同年8月1日以降、従業員就業規則79条の規定に基づき、原告を超過勤務に従事させず段階的に復職させるべきであったと認めるのが相当である。
(4)被告会社は、平成29年4月28日付けで、原告の被告会社内での復職について不可と判断した理由として、自身の能力発達の特性を受容できていないこと、意図することが伝わらず、双方向コミュニケーションが成立しない場面が多いこと、一般的な社会常識及び暗黙の了解に対する理解が乏しく、被害者意識が強く誤解が生じやすいことなどを挙げている。また、被告会社は、本件休職命令の延長期間満了までの間、原告が自己の障害ないし特性についての認識を欠いており、コミュニケーション能力、社会性の会得に真摯に取り組んでいないことなどを主張する。しかし、これには、原告の休職理由である適応障害から生じる症状とは区別されるべき本来的な人格構造又は発達段階での特性が含まれており、休職理由に含まれない事由を理由として、いわゆる解雇権濫用法理の適用を受けることなく、休職期間満了による雇用契約の終了という法的効果を生じさせるに等しく、許されないというべきである。
(5)被告会社が従業員就業規則85条2号の規定に基づき平成30年10月31日付けで原告を自然退職としたことは無効であり、原告は、被告会社に対し、雇用契約上従業員としての地位を有すると認められる。また、原告の賃金請求は、平成29年8月分(支払期日は同年9月26日)以降、本判決確定の日までに支払期日の到来するものの限度で理由があると認められる。
 一方、賞与請求については、被告会社の従業員就業規則に規定がないことが認められ、賞与の性格に鑑みても、半期毎に個別具体的な支給額が決定されて初めて具体的権利として発生し支給されるものと考えられるから、原告の賞与請求権は具体的な請求権として発生しておらず、いずれも認められない。
(6)従業員就業規則79条の規定に基づく原告の復職の可否を判断するのは被告会社であり、主治医として患者の復職が認められず退職に至らせる蓋然性のあるような医学的意見を述べてはならない旨の義務が一般的に存在するものとは解されないから、主治医が当該患者を退職又は障害者雇用に追い込む目的で殊更偏頗(へんぱ)又は著しく不合理な意見を述べるといったような事情がない限り、主治医の診療情報提供書の記載に注意義務違反が認められることはないと解される。
 したがって、原告の被告Yに対する請求は認められない。