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ID番号 09477
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 学校法人A大学事件
争点 セクハラを理由とする懲戒事由の一事不再理の該当性
事案概要 (1)本件は、被告(大学等を設置運営する学校法人)との間で雇用契約を締結し、被告が設置するA大学(以下「被告大学」という。)において准教授の地位にあった原告が、被告大学大学院文学研究科文学専攻日本文学コース博士前期課程(修士課程)に在籍する学生(以下「本件学生」という。)に対しハラスメント行為(①本件学生宅において、原告は、洋室に入ると、ベッドの上に横になって、本件学生に対し、自分の傍に来るように誘ったり、本件学生の手や肩を触ったり、本件学生の着ていたブラウスのリボンを外し、ボタンを二、三個外して、服の上から本件学生の胸を触った行為:本件懲戒事由〈1〉、②「大学へのお願い」と題する書面(以下「本件書面」という。)において、「逆に、本件学生に対して批判の目を向ける大学院生も少なくなく、極端な場合、原告を陥れるために本件学生がしくんだハニートラップだったのではないかと、あらぬ憶測を巡らす人間さえいるように聞いています。」とあたかも本件学生が虚偽の申出をして原告を貶めたとうかがわせる記載をしたことなど:本件懲戒事由〈2〉)に及んだことを理由として被告から平成31年3月22日付けで懲戒解雇処分(以下「本件懲戒処分」という。)を受けたことについて、一事不再理に違反するなどとして当該懲戒解雇処分は無効であると主張し、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認及び雇用契約に基づく賃金、賞与等の請求をする事案である。
なお、原告は、本件学生に対しハラスメント行為(①原告が本件学生の部屋に入り、朝まで退出しなかった事実:前件懲戒事由〈1〉、②その後数度にわたりメールを送信し、食事に誘った事実を「前件懲戒事由〈2〉」)に及んだとして、平成28年10月27日付けで、同年11月1日から令和3年10月31日までの5年間、教授を免じ、准教授に任ずる降格処分(前件処分)を受けたため、その処分の無効を訴え訴訟を起こし敗訴した。その裁判の過程で本件懲戒事由〈1〉〈2〉が認定されたため、被告は本件懲戒処分を行ったものである。
(2)判決は、本件懲戒処分は一事不再理には当たらないなどとして、原告の請求を棄却した。
参照法条 労働契約法15条
労働契約法16条
体系項目 懲戒・懲戒解雇/二重処分
労基法の基本原則 (民事)/ 均等待遇/ (11) セクシャル・ハラスメント アカデミック・ハラスメント
裁判年月日 令和4年1月20日
裁判所名 東京地裁
裁判形式 判決
事件番号 令和2年(ワ)17393号
裁判結果 棄却
出典 労働経済判例速報2480号3頁
審級関係
評釈論文 岡芹健夫・労働経済判例速報2480号2頁2022年6月20日
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇/二重処分〕
(1)原告が教え子である本件学生の胸を同意なく触ったというものであり、本件学生の性的自由を侵害する行為であるから、本件懲戒規程2条4号(法人、大学の名誉又は信用を著しく傷つけた場合)及び7号(素行不良で大学の秩序又は風紀を乱した場合)所定の懲戒事由に該当することが明らかである。
(2)前件処分の対象は前件懲戒事由〈1〉及び〈2〉であり、本件懲戒処分の対象は本件懲戒事由〈1〉及び〈2〉であるところ、前件懲戒事由〈1〉(深夜に一人暮らしの本件学生の部屋に入り、朝まで退出しなかったこと)と本件懲戒事由〈1〉(本件学生のブラウスのリボンやボタンを外して胸を触ったこと)とは、同じ機会における一連の出来事であるということはできるものの、事実としては別異のものであるから、本件懲戒処分が外形上は一事不再理に違反するものでないことは明らかである。
 前件処分に係る経緯については、ハラスメント防止・対策委員会において、前件懲戒事由〈1〉及び〈2〉に係る事実のみがハラスメントとして認定された上、学長がこれらの事実について懲戒処分相当であると判断し、前件処分に係る懲戒審査委員会を招集したこと、懲戒審査委員会の審議において対象が上記事実である旨説明され、審議を経て前件懲戒事由〈1〉及び〈2〉を対象とする懲戒処分案が決定されたこと、同懲戒処分案の交付の際、学長らは、処分の理由が前件懲戒事由〈1〉及び〈2〉に係る事実のみである旨説明し、室内で何かあったことを前提にしているのではないかという原告の問いに対してはこれを否定していることが認められるのであって、かかる経緯に照らせば、被告は、実質的にも、前件懲戒事由〈1〉及び〈2〉を対象として前件処分をしたものと認めるのが相当であり、同処分が本件懲戒事由〈1〉を実質的に考慮してなされたということはできない。
(3)本件書面における「本件学生に対して批判の目を向ける大学院生も少なくなく、極端な場合、原告を陥れるために本件学生がしくんだハニートラップだったのではないかと、あらぬ憶測を巡らす人間さえいるように聞いています。」との記載は、噂という体裁をとってはいるものの、本件学生が事実でないハラスメントの申立てをした旨示唆するものであって、本件学生の名誉を傷つける内容であると評価するのが相当である。
 かかる内容の書面を本件学生が在籍する被告大学に送付することは、教員としての品位を欠く行為であり、本件懲戒規程2条7号所定の「素行不良で大学の秩序又は風紀を乱した場合」に該当するものと認められ、このことは、同書面の本件学生に対する開示の有無や、同書面中に本件学生の状況の改善と話合いの提案が含まれることによって左右されるものではない。
〔労基法の基本原則 (民事)/ 均等待遇/ (11) セクシャル・ハラスメント アカデミック・ハラスメント〕
(4)本件懲戒処分が社会通念上相当なものとして有効であるかを検討するに、本件懲戒事由〈1〉に係る行為は、教え子である女子学生に対し、深夜、二人しかいない室内において、同意なく身体接触を伴う性的行為を行ったというものであり、極めて悪質な行為である。かかる行為が行われたことは、教育機関である被告大学の信用を失墜させる行為であるとともに、同大学の秩序を大きく乱すものということができる。
 そして、本件懲戒事由〈2〉に係る行為は、本件学生の申立てに適正に対応しようとする被告大学の取組みや、本件学生の受けた性的被害に対する理解の無さを示すものであり、被告大学の秩序を乱す程度は本件懲戒事由〈1〉ほどには大きくないものの、懲戒処分の量定において相応の考慮をすべきものである。
 以上を踏まえれば、原告を懲戒解雇とした本件懲戒処分につき、裁量権の逸脱又は濫用があったということはできず、同処分は社会通念上相当ということができる。
(5)前件訴訟における第一審判決において本件接触行為の事実が認定されたことを契機として、本件懲戒処分に係る懲戒審査委員会が招集されたものであるところ、訴訟において確認された事実に基づいて、新たに懲戒処分を行うこと自体は制限されるものではない。そして、証人(被告大学の学長)の供述及び陳述書には、当初は本件学生の負担を考慮したこともあり、本件接触行為についてはハラスメントの認定をしなかったが、前件訴訟の第一審判決において本件接触行為が認定されたことから、これを放置することができず、本件懲戒処分の対象とした旨の証言・陳述があるところ(これらの証言等は前件訴訟の第一審の審理中、被告が原告に対し、本件学生が法廷に呼ばれ、同人が主張する事実が認定されることになれば、被告は懲戒解雇を視野に入れた処分を検討する旨を通知していたことと合致し、信用できる。)、かかる判断が不合理なものであるということはできない。
 そして、上記経緯に照らせば、本件接触行為があった時から本件懲戒処分までに時間が経過していることをもって、同処分の相当性を失わせるような瑕疵があるとは評価できない。