ID番号 | : | 09486 |
事件名 | : | 地位確認等請求事件 |
いわゆる事件名 | : | アンスティチュ・フランセ日本事件 |
争点 | : | 賃金減額を伴う有期労働契約の更新 |
事案概要 | : | (1)本件は、フランス語の語学学校を運営する被告「アンスティチュ・フランセ日本」(フランス大使館文化部直下に所属するフランス政府の公式機関であり、フランス語の語学学校を運営する権利能力なき社団)の従業員(フランス語の非常勤講師)である原告X1、X2、X3(以下「原告ら」という。)が、旧時給表が適用される旨の雇用契約(以下「本件旧各契約」という。)を締結していた。しかし、被告から、新時給表が適用される期間の定めがない雇用契約(以下「本件新無期契約」という。)が提示されたため、平成30年2月に、原告らは、被告に対し、契約の期間が無期限である部分については受け入れるとしながら、新時給表の適用については留保して承諾することを明らかにした上で契約書に署名し、これを送付した。 原告らは、〈1〉被告に対し、それぞれ旧時給表に基づく報酬を受けるべき雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め(請求1)、〈2〉原告X1が、被告に対し、雇用契約に基づき、平成30年4月支払分から令和2年8月分までの旧時給表に基づき算出される報酬の未払分(新時給表に基づき算出され実際に支払われた報酬との差額。以下同様である。)等の支払(請求2)、〈3〉原告X2が、被告に対し、雇用契約に基づき、平成30年4月分から令和2年8月分までの報酬の未払分等の支払(請求3)、〈4〉原告X3が、被告に対し、雇用契約に基づき、平成31年4月分から令和2年8月分までの報酬の未払分等の支払(請求4)、〈5〉割り当てられた講座の時間が前年に実施された時間数の7割を下回る場合には補償金を支払うとする合意に基づき、平成30年及び令和元年の補償金等の支払(請求5)、をそれぞれ求める事案である。 (2)判決は、原告X3の請求5に係る補償金約99万円等の請求は認め、原告らのその余の請求は棄却した。 |
参照法条 | : | 民法629条1項 労働契約法19条 |
体系項目 | : | 賃金 (民事) /賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額 |
裁判年月日 | : | 令和4年2月25日 |
裁判所名 | : | 東京地裁 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成30年(ワ)21240号 |
裁判結果 | : | 一部認容、一部棄却 |
出典 | : | 労働判例1276号75頁 労働経済判例速報2487号24頁 D1-Law.com判例体系 |
審級関係 | : | 控訴 |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔賃金 (民事) /賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕 (1)原告らは、旧時給表が適用される本件旧各契約が民法629条1項又は労契法19条に基づき更新されたとして、原告らと被告の雇用契約には旧時給表が適用される旨主張するが、民法629条1項は、期間の定めのある雇用契約について、期間満了後も労働者が引き続きその労働に従事し、使用者がこれを知りながら異議を述べない場合に、労働者と使用者の従前の雇用関係が事実上継続していることをもって従前と同一の条件で雇用契約が更新されたものと推定する趣旨の規定である。しかしながら、そもそも、被告は、本件旧各契約の期間満了後の平成30年4月1日以後の原告らの報酬を新時給表に基づき算出して支払っていた上、同日以後に行われた本件組合と被告の間の団体交渉でも被告が旧時給表を適用することについて一貫して明示に異論を述べていたのであるから、被告が、本件旧各契約について、契約期間満了後も原告らが引き続きその労働に従事することを知りながら異議を述べなかったということはできない。 したがって、本件旧各契約が民法629条1項により更新されたということはできない。 (2)本件旧各契約の労契法19条に基づく更新の有無については、原告らの行為は、その後の団体交渉の経過に照らしても、被告による本件新無期契約の締結の申込みに対し、原告らがその重要部分である賃金の定めについて異議をとどめた上で承諾したものとして、原告らが、同申込みを拒絶するとともに、期間の定めがなく、かつ、旧時給表が適用される雇用契約の新たな申込みをしたものとみなすのが相当である(民法528条)。 そして、労契法19条の更新とは、期間の定めのある雇用契約と次の期間の定めがある雇用契約が接続した雇用契約の再締結を意味するところ、以上のような原告らの新たな申込みは、期間の定めがある雇用契約の申込みではなく、期間の定めがない雇用契約の申込みであるから、同条にいう更新の申込みには当たらないというべきである。 (3)原告らと被告の間の雇用契約は長期間にわたり更新が繰り返されていたものの、本件旧各契約は、被告における有期雇用契約を締結している非常勤講師との間の雇用契約の方針の見直しに当たり、本件組合と被告による団体交渉を経て締結された本件労使協定において、団体交渉を継続することを前提に、旧時給表が適用される6か月間の期間の定めがある雇用契約を締結することが合意されたことを踏まえて締結された暫定的な雇用契約であるとみられること、本件労使協定において本件旧各契約の期間の満了後は、本件新有期契約又は本件新無期契約を締結するものとされ、本件旧各契約の内容で更新することは予定されていなかったこと、これらを踏まえて、本件旧各契約では契約が更新されないことが明記されていたことも併せ考えると、本件旧各契約の期間の満了時に本件旧各契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由がある(労契法19条2号)とは認められない。 したがって、本件旧各契約が労契法19条に基づき更新されたということはできない。 以上のとおり、旧時給表が適用される本件旧各契約が民法629条1項又は労契法19条に基づき更新されたとはいえないから、同更新がされたことを前提とし、原告らと被告の雇用契約について旧時給表が適用されるとする原告らの地位確認請求(請求1)及びこれを前提とする報酬の差額の支払請求(請求2ないし4)はいずれも理由がない。 (4)本件新時間数規定では、被告が非常勤講師に対し前年の7割の時間数の講座を割り当てることを規定しているところ、その趣旨は、時給制の非常勤講師に対し一定程度の時間数の講座の割当てを保証することで一定程度の収入を保証するものと解されること、本件新時間数規定では、適用除外事由に当たる場合は賃金等を支払わないと規定されていることからすれば、その反面として適用除外事由に当たらなければその分の賃金等を支払うことが前提となっているものと理解できること、加えて、被告も本件新時間数規定と同趣旨の本件旧時間数規定に基づき平成29年後期の補償金の支払を現に行っていることも併せて考えると、本件新時間数規定については、補償金の支払について明記されてはいないものの、規定する時間数の講座を割り当てられなかった場合にはその分の報酬相当額の補償金を支払う旨を約した規定であると認めるのが相当である。 原告X3は、平成29年に入った頃に健康上の問題が生じ、同年4月に被告に対し、担当講座の時間数の減少を求め、被告がこれを了承しているものの、その後、同年8月30日には、教務部長に対し、同年の秋学期ないし平成30年の冬学期に割り当てられる講座の時間数の増加を求めたが、同教務部長がこれに応じなかったこと、加えて、原告X3は、同年10月5日にも、副事務局長に対し、同教務部長により削減された講座の回復を求める旨の意思を伝えていることが認められるところ、これらの事実に反して、原告X3が本件新時間数規定に基づき補償金の支払を求める期間である平成30年1月以後の講座の割当ての減少を求める申出をしていたと認めるに足りる証拠はない。 そうすると、上記の適用除外事由に当たる原告X3からの自らの個人的な都合を理由とする申出があったと認めることはできず、本件新時間数規定の適用が除外されるとはいえない。 以上によれば、原告X3は、被告に対し、本件新時間数規定に基づき算出される額の補償金の支払を請求することができるというべきである。 |