全 情 報

ID番号 09490
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 ビジネスパートナー事件/ビジネスパートナー従業員事件
争点 就業規則に基づく支払済み賃金の一部返還
事案概要 (1)本件は、リース事業、割賦販売事業等を業とする株式会社である原告が、その従業員である総合職の被告が、令和2年2月28日、原告大阪支店への転勤(本件転勤命令)を断ったため、給与規定(総合職の正社員が転勤命令を断った場合には、総合職と地域限定総合職との間の賃金差額月額2万円を半年分返還する旨の規定:本件規定)に基づき、支払済みの基本給の一部である12万円の返還等の支払を求めた事案である。
(2)判決は、原告の請求を認容した。
参照法条 労働基準法24条
労働契約法7条
体系項目 賃金 (民事)/ 賃金の支払い原則/ (3) 全額払・相殺
裁判年月日 令和4年3月9日
裁判所名 東京地裁
裁判形式 判決
事件番号 令和3年(ワ)202号
裁判結果 認容
出典 労働判例1272号66頁
労働経済判例速報2489号31頁
D1-Law.com判例体系
審級関係 控訴
評釈論文 本久洋一・労働法律旬報2021号76~77頁2022年12月10日
岩永昌晃・民商法雑誌159巻3号100~110頁2023年8月
判決理由 〔賃金 (民事)/ 賃金の支払い原則/ (3) 全額払・相殺〕
(1)賃金全額払いの原則(労基法24条1項)は、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図る趣旨に出たものと解される(最高裁判所昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決参照)。
本件規定は、総合職として賃金の全額が支払われた後、転勤ができないことが発覚した場合に、就業規則の規定に従って、本来支払われるべきでなかった総合職と地域限定総合職の基本給の差額を半年分遡って返還させるというものであること、その金額も、月額2万円(半年分で12万円)にとどまること、従業員としては、自身の転勤の可否について適時に正確に申告していれば、上記のような返還をしなければならない事態を避けることができることが認められる。
 これらの事情に照らせば、本件規定は、労働者に過度の負担を強い、その経済生活を脅かす内容とまではいえず、前記賃金全額払いの原則の趣旨に反するとまではいえないから、実質的に同原則に反し無効であるということはできない。
(2)原告では、原告グループ内における人員の適正配置の観点のほか、金融業という業種を踏まえて、不正を防止するとともに、ゼネラリストを育成するという観点から、原告グループ内でジョブローテーションを行うこととしており、現に広く転勤を行っていること、従業員が自身のライフステージに合わせて職群を選択することで、転勤の範囲を自由に選択、変更できる人事制度を整備する一方、転勤可能者を確保する趣旨から、総合職と地域限定総合職との間に月額2万円の賃金差を設けていること、上記のような制度を前提として、従業員らに自らの転勤の可否について適時に正確な申告を促し、賃金差と転勤可能範囲に関する従業員間の公平を図る趣旨で、本件規定を設けていることが認められる。そして、本件規定の内容については、原告の側で当該従業員の転勤に支障が生じた時期や事情を客観的に確定するのが通常困難であることから、原則として、転勤に支障が生じた時期や事情にかかわらず、一律に半年分の賃金差額を返還させることとしており、仮に転勤に支障が生じた時期が半年以上前であっても、半年分を超える返還は求めていない。
  本件規定を含む上記のような人事制度は、従業員が自身のライフステージに合わせて職群を選択することができるなど、従業員にとってもメリットのある内容といえ、返還を求める金額や適時に正確な申告をしていれば返還を免れることができる点等に鑑みると、労働者に過度の負担を強いるものともいえず、一律に半年分の返還を求める趣旨についても前記のとおり合理的であるから、原告の業種、経営方針等に照らして、合理的な内容というべきである。
 これに対し、被告は、本件規定は、実質的には、従業員に転勤できない事情があった場合には、その事情の如何を問わず一律に労働者に対して金銭賠償をさせるという処分を課すものであって、就業規則として内容の合理性を欠く旨主張する。しかし、本件規定に基づく返還請求は、あくまで就業規則に基づき本来支払われるべきでなかった賃金差額の返還を請求するものであって、労働者に対して金銭賠償をさせるという処分を課すものとはいえない。