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ID番号 09499
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 スミヨシ事件
争点 障害者の解雇
事案概要 (1)本件は、鉄道車両及び船舶の製造、補修並びに設計等を目的とする株式会社スミヨシ(以下「被告」という。)と、平成30年11月1日に期間の定めのない雇用契約を締結し勤務していた原告(12歳の時に頭部外傷後遺症であるてんかんを発症し障害等級1級の認定を受け、また交通事故の受傷により、右の骨盤に8本のボルトを入れており、足を思うように動かしにくい状態にあった)が、平成31年6月30日に被告から就業規則第66条2号(協調性がなく、注意及び指導しても改善の見込みがないと認められるとき)、3号(職務の遂行に必要な能力を欠き、かつ、他の職務に転換させることができないとき)及び4号(勤務意欲が低く、これに伴い、勤務成績、勤務態度その他の業務能率全般が不良で業務に適さないと認められるとき)の解雇理由に該当するとして解雇されたことにつき、当該解雇は解雇権の濫用に当たり無効であるとして、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、未払賃金請求権(民法536条2項)に基づき、令和元年7月から本判決確定の日まで賃金等の支払を求め、さらに、当該解雇が不法行為に当たるとして、不法行為に基づく損害賠償請求として慰謝料50万円等の支払を求める事案である。
(2)判決は、解雇は無効として、解雇後他社へ勤務し賃金を得ていたことから、中間収入を控除した上で未払賃金の請求を認容し、不法行為に基づく損害賠償請求は棄却した。
参照法条 労働契約法16条
労働基準法26条
体系項目 解雇 (民事)/ 解雇権の濫用
裁判年月日 令和4年4月12日
裁判所名 大阪地裁
裁判形式 判決
事件番号 令和1年(ワ)7561号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1278号31頁
審級関係 確定
評釈論文
判決理由 〔解雇 (民事)/ 解雇権の濫用〕
(1)就業規則第66条2号該当性
被告は、〈1〉原告が他の従業員を萎縮させる言動をしたこと、〈2〉原告が派遣社員Iを見下す態度を取っていたこと、〈3〉原告がIに対して危険な行動を取ったこと、〈4〉被告が指導を尽くしていたこと、〈5〉断熱職場の他の作業員は、原告とコミュニケーションを取っていたこと、〈6〉原告が6月3日の面談後も態度を改めなかったこと、〈7〉原告を雇用し続けると、被告の業務に支障が生じる可能性があったことなどからすると、原告に就業規則第66条2号所定の協調性がなく、注意及び指導しても改善の見込みがないと認められるときに該当する事由があると主張する。
 しかし、被告主張の原告の各言動は、原告に業務上求められる協調性が欠如していることを示すものと評価することができず、また、原告に協調性の点で問題があるとしても、これが改善不可能なものであると評価することもできず、実際に原告の協調性の問題が断熱職場の業務の遂行に具体的な支障を及ぼすものであったと認めることもできない。その他前記認定に係る原告の言動を考慮しても、原告について、就業規則第66条2号所定の「協調性がなく、注意及び指導しても改善の見込みがないと認められるとき」に該当する事由があるということはできない。被告の主張は採用できない。
(2)就業規則第66条4号該当性
 原告の作業スピードは、他の作業員に比べて遅く、これがなかなか改善しない状況にあったということができる。
 しかしながら、原告は、てんかんの障害を有しているところ、原告の通院するPクリニックのP1医師は、5月27日に、てんかんという疾病の関係上、手が遅く、そのため、急かされると焦ってしまい、不眠となり、夜間睡眠中の発作が激増していること、仕事は好きで意欲は十分あるので、急かさないよう配慮してもらう必要があるなどと診断していること、てんかんの患者に対する合理的配慮として、環境調整、負荷の軽減との観点から、業務量及び勤務形態を考慮する、夜間勤務及び長時間労働を避ける、フレックスタイムを利用する、定期的な休憩を入れる、人的配置を配慮するなどが挙げられていることなどからすると、原告に作業速度を求めることは、原告の心身にとって負担となり、発作発生の危険を高める可能性があって相当ではない。また、原告は、骨盤にボルトが入っているところ、室内断熱作業においては、車両内への上り下り、車両内に置いた足場への上り下り、やや不安定な足場の上の移動、足場自体の移動等を伴うものであり、上り下りや足場の上での踏ん張り、足場の移動等の際に下半身に相応の負担がかかるものと推認され、原告本人もこれに沿う供述をしている。これらの事情等によれば、原告の作業速度が遅く、なかなかこれが改善しないことにもやむを得ない面がある。そして、原告が被告に採用されるに際し、てんかんの障害を有しており、3か月に1回程度通院していること、骨盤にボルトが入っていることなどを記載した職務経歴書を提出し、面接でもその旨に加え、夜間にてんかんの発作が出ていることを説明し、被告はこれを前提として原告を採用したことからすると、本件雇用契約は、原告の作業速度に相応の制約があることを前提とするものというべきである。
 被告主張の事情をもって、解雇理由に当たる程度に、原告の勤務意欲が欠けていることや勤務成績等不良で業務に適さないことを示すものということはできず、本件雇用契約には試用期間を3か月間とする定めがあるところ、被告は、試用期間の満了後も引き続き原告を雇用し続けていること、原告が、被告に採用された後、無遅刻無欠勤であったことや断熱作業に関するメモを作成していたことなどからすると、原告の就労への意欲は高いことがうかがえることにも照らすと、原告について、就業規則第66条4号に該当する事由があるということはできない。
(3)就業規則第66条3号該当性
 前記で検討したところによれば、配置転換の可能性について検討するまでもなく、原告について、就業規則第66条3号に該当する事由があるということはできない。
 以上検討したところによれば、本件解雇の時点で、原告に就業規則第66条2号ないし4号に該当する事由があるということはできず、これらを総合しても、本件解雇は、客観的合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認められない。そうすると、本件解雇は、解雇権を濫用したものといえ、無効というべきである(労働契約法16条)。
(4)中間収入の控除
原告は、本件解雇後、株式会社Q及び株式会社Rで就労し、中間収入を得ていると認められるから、原告の月額賃金の4割の限度でこれを未払賃金額から控除すべきであり、各月分の賃金額から中間収入の合計額と控除限度額のいずれか低い額を控除する。
(5)不法行為に基づく損害賠償
 本件解雇は無効であるものの、原告は、他の作業員を委縮させ得る発言をしたり、Iを低くみるような発言をしたり、声掛けをしないまま、Iの足場を取ったりするなど、これを受けた相手方が不快に感じるのもやむを得ない言動をしたものである。また、作業速度等の点についても、車両の製造工程が多くの段階に分かれており、流れ作業で進められている関係上、断熱職場においても、一定の作業速度を要することはやむを得ないものといえ、原告の作業速度がなかなか向上しない中で、面談において、診断書を提出し、作業速度を求められることをストレスに感じ、てんかんの発作を生じてしまっていることを訴えたのに対し、骨盤にボルトが入っていることをも踏まえ、断熱職場での勤務を続けることが難しいものと被告が判断したことには理解できる面もあり、原告自身も、自分の性格について、周りから言われるのを気にしすぎる、真面目なので徹底してしまう、極端すぎる、人見知りのところもある、などの問題があることを認めていたものである。以上のような事情その他本件解雇に至る経過によれば、本件解雇が原告に慰謝料の支払をもって慰謝する必要がある程度の精神的苦痛を生じさせるような違法性を有するものということはできない。
 よって、原告の不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。