ID番号 | : | 09507 |
事件名 | : | 遺族補償給付不支給決定処分取消請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 国・天満労働基準監督署長(大広)事件 |
争点 | : | 自殺の業務起因性 |
事案概要 | : | (1)本件は、メディアに関する広告プランの立案・実施、国内外の各種イベントの企画運営、ダイレクトマーケティング分野でのコンサルティング等を業として行う株式会社大広(以下「本件会社」という。)においてプランナー(イベントプロデューサー)として勤務していた亡甲野一郎(以下「一郎」という。)が平成22年5月3日に自宅マンションの通路から飛び降りて自殺したのは業務上の事由により精神疾患を発病した結果であるとして、一郎の妻である原告が天満労働基準監督署長に労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき遺族補償給付の支給を請求したところ、不支給の決定(以下「本件処分」という。)がされたため、原告が、被告・国に対し、本件処分の取消しを求めている事案である。 (2)判決は、一郎の業務による心理的負荷の強度は「中」を超えず、社会通念上、客観的にみて、本件疾病を発病させる程度に強度の心理的負荷を生じさせるものであったとはいえず、他方、業務による心理的負荷の強度を超える業務以外の心理的負荷があったと認められることを踏まえると、本件疾病の発病については、本件会社において一郎が従事した業務に内在する危険が現実化したものということはできず、一郎の業務と本件疾病の発病との間に相当因果関係があるとは認められないとして、原告の請求を棄却した。 |
参照法条 | : | 労働基準法38条の3 労働者災害補償保険法16条 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険/業務上・外認定/ (12) 自殺 |
裁判年月日 | : | 令和4年6月15日 |
裁判所名 | : | 大阪地裁 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成30年(行ウ)162号 |
裁判結果 | : | 棄却 |
出典 | : | 労働判例1275号104頁 |
審級関係 | : | 控訴 |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険/業務上・外認定/ (12) 自殺〕 (1)原告は、裁量労働制が適用される労働者については業務との関連性を中心に労働時間該当性を判断すべきであると主張する。 しかし、業務に該当するか否かは、その内容や指揮命令の有無等によって定まるのであり、そのことは裁量労働制の適用によって労働時間や勤務場所について具体的な指示が予定されていない労働者についても何ら変わるものではない。 したがって、業務との関連性があれば業務としての指揮命令を要しないかのような原告の上記主張は採用できない。 (2)一郎は、裁量労働制の適用を受けており、労働時間や勤務場所については一郎の裁量で決めることができたこと、一郎の担当業務は、主に「B事業」に伴う広報・報道業務と「B1フォーラム」の企画運営業務であり、業務量としては特段多いわけではなかったことや休憩時間もとれていたと認められることを踏まえると、客観的に業務過多の状態にあったとは言い難く、また、その労働密度も高いものではなかったということができる。 これらを併せてみれば、一郎の時間外労働は、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(同日付け基発1226第1号厚生労働省労働基準局長通達)の別表1の「1か月に80時間以上の時間外労働を行った」に当たるとみることは困難である。 (3)一郎は、〈1〉平成22年3月29日から同年4月10日までの13日間、〈2〉平成21年12月14日から同月29日までの16日間、〈3〉同年10月26日から同年11月6日までの12日間について、連続勤務を行っている。当該連続勤務による心理的負荷は、単に「休日労働を行った」という程度に相当するものとして、「弱」というべきである。 (4)原告は、平成20年9月にも業務に関連する事項を本件ブログに掲載したことでけん責処分を受け、今後、本件ブログによって本件会社に不利益になる事態が発生し、明らかに数値化できる損害に及んだ場合は、本件ブログの即時閉鎖と本件会社からの指導及び懲罰委員会の判断に従う旨の始末書を提出しており、本件クレームを受けて、一郎には重い処分が予想されたと主張し、証拠の中にはこれに沿う部分がある。 しかし、業務に関連して撮影した写真や知り得た舞台裏情報を無断で私的な本件ブログに掲載することは業務ではなく、私的な非違行為と解され、そのことで責任を問われたことによる心理的負荷は、業務の危険の現実化というよりも、非違行為を行った者の問題性の顕在化と評価するのが相当である。 また、この点を措いたとしても、本件会社において、本件クレームに関して社内的な処分が具体的に予定されていた事実は、本件全証拠によっても認められない上、本件クレームによって本件会社に数値化できる損害は生じておらず、事後対応に困難を来した事実もなかったことは既に認定したとおりであるから、前回のけん責処分より重い懲戒処分が当然に想定される状況にあったとは認め難く、退職や配置転換といった地位の重大な変更を伴う不利益も想定し難いところであって、原告の上記主張は採用できない。 したがって、本件クレームを受けるに至った出来事による心理的負荷は、業務上の負荷として評価することは相当でなく、仮に、業務上の負荷として評価するとしても、その失敗・社会的反響・損害等の程度、事後対応の困難性、ペナルティ・責任追及の有無及び程度がいずれも小さいことに鑑み、平均的な心理的負荷の強度よりも相当に軽度であったというべきであり、前回のけん責処分から1年半ほど後の再度の出来事であることを考慮しても、その心理的負荷の強度が「中」を超えることはないというべきである。 (5)以上によれば、本件対象期間中の業務による出来事は上記(2)ないし(4)であり、その心理的負荷の強度は(2)について「弱」か、多くみても「中」にとどまる程度、(3)について「弱」であり、(4)については負荷と評価できず、仮に評価したとしても「中」を超えない程度であるから、心理的負荷の全体評価も「中」にとどまるというべきである。 |