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ID番号 09511
事件名 損害賠償等請求事件
いわゆる事件名 国・大阪医療刑務所(日東カストディアル・サービス)事件
争点 違法派遣に伴う採用の義務付けの可否
事案概要 (1)本件は、日東カストディアル・サービス株式会社(以下「日東」という。)との間で雇用契約を締結し、同社が請負契約(平成29年1月4日以降は大阪労働局長の本件請負が派遣に当たる旨の是正指導を契機として労働者派遣契約に変更)を締結した大阪医療刑務所において運転手として平成26年7月1日から平成29年3月31日までの間就労していた原告が、同就労は労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)40条の6第1項5号に該当する違法なものであったと主張して、被告に対し、〈1〉労働者派遣法40条の7第1項の「採用その他適切な措置」のうち採用をしなかった不作為の違法確認(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)3条5項)、〈2〉採用の義務付け(行訴法3条6項1号又は2号)及び〈3〉原告に対して採用その他適切な措置を講じなかったことが違法であるとして、国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき、平成29年4月1日以降、就労を継続していたとすれば得られた賃金相当額及び精神的苦痛に対する慰謝料等の各支払を求める事案である。
(2)判決は、原告の請求について、不作為の違法確認の訴えの部分、義務付けの訴えは訴訟要件を欠くものとして、いずれも不適法であるとし、国賠法1条1項に基づく請求は、国家賠償法上の違法性は認められないからいずれも理由がないとした。
参照法条 労働者派遣法40条の6
労働者派遣法40条の7
体系項目 配転・出向・転籍・派遣/派遣
裁判年月日 令和4年6月30日
裁判所名 大阪地裁
裁判形式 判決
事件番号 平成29年(行ウ)222号
裁判結果 一部却下、一部棄却
出典 労働判例1272号5頁
労働法律旬報2017号51頁
D1-Law.com判例体系
審級関係 控訴
評釈論文 萬井隆令・労働法律旬報2017号22~31頁2022年10月10日
小西康之・ジュリスト1577号4~5頁2022年11月
春田吉備彦・労働判例1279号96~104頁2023年3月15日
木村恵子・経営法曹216号32~45頁2023年6月
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣/派遣〕
(1)労働者派遣法40条の7第1項の趣旨及び性格並びに同条が「採用その他の適切な措置」と規定し、採用は例示であると解されることに照らせば、国等の機関は、同条の要件を満たす派遣労働者からの求めがある場合であっても、直ちに当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする公務員として採用すべき義務があるものではなく、当該派遣労働者の能力、職務内容、賃金や期間(労働契約の始期及び終期)等の労働条件、派遣労働者からの求めがなされた時期及びそれまでに取られた措置の有無・内容、当該業務にかかる定員及び欠員の状況等の諸般の事情を踏まえ、「採用その他の適切な措置」を講ずべきか否か(例えば求めが行われる前に労働者派遣法40条の7第1項第1項所定の適切な措置に相当する対応がとられていた場合や、求めがあった時点で派遣労働者と派遣元との間の労働契約関係が終了していた場合は、措置を講ずる義務を負わないことも考えられる。)や、講ずる場合にいかなる措置を講ずるかを決すべきものであり、その措置の中には、他の機関における非常勤職員募集の情報を提供することや、一定期間経過後に欠員が生ずる見込みがある場合にその情報を提供することなど、当該派遣労働者の雇用の安定に資する事実行為を含む様々な行為が含まれる(したがって、処分に当たる行為に限られない。)と解するのが相当である。
 国等の機関は、労働者派遣法40条の7第1項の要件を満たす派遣労働者からの求めがある場合であっても、直ちに当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする公務員として採用すべき義務があるものではなく、同条によって、当該派遣労働者に対して、採用に関する具体的な権利を付与することを基礎づけるような義務があるとは解されない。よって、労働者派遣法40条の7第1項は、原告を採用することを義務づける規定ということはできない。
(2)不作為の違法確認の訴えは、行政庁が法令に基づく申請に対し、相当の期間内に何らかの処分又は裁決をすべきであるにかかわらず、これをしないことについての違法の確認を求める訴訟であり(行訴法3条5項)、法令に基づく申請が行われたことは訴訟要件であると解される(最高裁昭和47年11月16日判決・民集26巻9号1573頁参照)。
 労働者派遣法40条の7第1項に基づく「求め」について検討するに、同法には「申請」という用語を用いる条文があり(労働者派遣業の許可に関する5条、調停の申請に関する47条の7)、これらはいずれも応答義務があるものとして規定が整備されている(同法7条2項、同法47条の8、労働者派遣法施行規則46条の2、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律施行規則7条参照)のに対し、労働者派遣法40条の7第1項は「求めるときは」との文言を用いている。また、国等の機関に応答義務を課すためには、応答の対象を明確化し、申請内容の特定や記録化が必要となると考えられることから、一般に、申請書等の提出義務が定められ、その記載事項が定められることが多いといいうるところ、労働者派遣法及びその関係法令は、「求め」を行う際に伝えるべき内容や方式を定めておらず、これを規定する政省令や通達・要綱も存しない。加えて、国等の機関が採用その他の適切な措置を講じなかった場合における不服申立手続についての定めも置かれていない。同法40条の7第1項の「求め」についてこれらの手続が整備されていないことは、これに対して国等の機関に応答義務を課すものではないものと考えられていることを示すものといえる。
 さらに、同法40条の7第1項の「求め」があった場合、同条において国等の機関が講ずべき「採用その他の適切な措置」には採用といった処分以外の様々な事実行為が含まれ、国等の機関はこれらの中からどのような措置(当該具体的な事情の下では特段の行為をしないことも含まれる。)を講ずるかを決することとなることを踏まえると、同法40条の7第1項の「求め」に対する応答義務があると解することはできない。このことは上記「求め」の中に「採用」が含まれていたとしても結論を左右するものではない(採用という処分を求めていたとしても職権発動を促すものにとどまると解される。)。
 以上によれば、労働者派遣法40条の7第1項に基づく派遣労働者の採用の「求め」に対し、国等の機関が「採用」についての応答義務を負っていると解することはできず、原告の行為が法令上の申請に当たると認めることはできない。原告には、労働者派遣法40条の7第1項に基づいて、法令上の申請権を有しているとは解されないから、不作為の違法確認の訴えを求める部分は、訴訟要件を欠く不適法なものというべきである。
(3)行訴法3条6項2号に基づく義務付けの訴えは、原告が申請権を有する場合に可能であり、これがない場合は訴訟要件を欠くこととなる。しかるところ、原告は、労働者派遣法40条の7第1項に基づいて、法令上の申請権を有しているとは解されないから、行訴法3条6項2号に基づく義務付けの訴えの部分は、訴訟要件を欠く不適法なものというべきである。
(4)行訴法3条6項1号に基づく義務付けの訴え(いわゆる非申請型義務付け訴訟)は、一定の処分がなされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり、かつ、その損害を避けるために他に適当な方法がないこと等が訴訟要件とされているところ(行訴法37条の2第1項)、原告は、大阪医療刑務所での勤務を継続することができないことによって、キャリアアップをする機会を失われ、再就職も困難であると主張するが、大阪医療刑務所において自動車運行管理業務に従事しなければ、原告の運転技術等が失われ、就労能力が失われることや再就職が妨げられることを認めるに足りる証拠はない。以上によれば、被告が原告を採用しないことによって、原告に重大な損害を生ずるおそれがあり、他に適当な方法がないとは認められない。よって、行訴法3条6項1号に基づく義務付けの訴えの部分は、訴訟要件を欠く不適法なものというべきである。
(5)労働者派遣法40条の6第1項5号が、その主観的要件として、労働者派遣法等の法規制の「適用を免れる目的」という積極的な主観的要素を示す文言で規定していること、労働者派遣における指揮命令と請負における注文者の指図は必ずしも明確に判別することができるとはいえないこと及び派遣先に直接の雇用関係を民事的制裁として設定ないし形成する効果を生じさせる要件であることを踏まえると、同号所定の免脱目的があったというためには、他人の雇用する者による役務の提供を受ける者が、その役務の提供が労働者派遣に当たり、同法の規制に従うことなくこれを受けることが法律上許されないことを知りながら、労働者派遣法等の法規制の適用を免れるためにあえて請負その他労働者派遣契約以外の名目で契約を締結し、かつ役務の提供を受けたことを要するものと解するのが相当である。
 大阪医療刑務所長は、本件請負契約を締結するに当たって、原告の従事する自動車運行管理業務の実態が労働者派遣に該当し、労働者派遣契約を締結することなくその役務の提供を受けることが労働者派遣法に違反することを認識しながら、労働者派遣法等の法規制の適用を免れるためにあえて本件請負契約を締結し、役務の提供を受けていたと認めることはできない。
(6)同法40条の6第1項5号の規定の文言ないし規定ぶり、契約締結時から免脱目的があった場合と後に気づいた場合の差異、さらには労働者派遣における指揮命令と請負における注文者の指図は必ずしも明確に判別することができるとはいえないことや、民事的制裁として派遣先に直接の労働関係を認める同条項の効果等を踏まえると、役務の提供を受ける者が、契約締結時に免脱目的がなかったにもかかわらず、その後、免脱目的を有するに至った場合にこれを適用することは、同号の解釈を超えるものというほかない。
 このように解すると、請負その他の名目による契約を締結し、役務の提供を受け始めた者が、契約期間途中でこれが労働者派遣に該当することを認識しつつ、その事態を解消することなく、あえて役務の提供を受け続けたとしても、新たに契約を締結するまでは労働者派遣法40条の6第1項5号を適用できないこととなる。
  しかし、このような場合に他の労働者派遣法の規制が及ばないこととなるものではなく、同項1号(派遣禁止業務への従事)、2号(派遣元事業主以外の者による労働者派遣の役務の提供)、3号及び4号(派遣可能期間制限に反する労働者派遣の役務の提供)はその要件を充足すれば同条項の適用がされることとなる。また、労働局の是正指導により違法状態の解消が期待できるほか、同法26条や42条に違反する場合、同法第5章及び第6章(罰則)の規定が適用され得るところである。したがって、上記のように解したとしても、直ちに不合理な結果をもたらすことにつながるということはできない。
(7)原告の能力や定員及び欠員の状況等の事情に関わらず、被告が原告を、平成29年4月1日以降に大阪医療刑務所において就労等させなかったとしても、大阪医療刑務所長は、原告に対して負担する職務上の法的義務に違反したとはいえない。