全 情 報

ID番号 09583
事件名 未払賃金等請求事件
いわゆる事件名 足利セラミックラボラトリー事件
争点 求人票に示された基本給額と配転命令の違法性
事案概要 (1)本件は、歯の補綴物及び義歯の製作等を業とする被告(株式会社足利セラミックラボラトリー)に平成29年4月1日付けで入社し群馬県太田市所在の被告の本社において歯科技工士として勤務していた原告が、①求人票の賃金の欄には、「基本給与」が17万円とされていたが、入社後は「基本給」の名目で月額13万3000円、「超過勤務手当」の名目で月額3万7000円が支給され、被告に対し、合意された基本給の支払がされておらず残業代の未払があること、②平成30年8月21日付けでの仙台事業所への配転を命じたこと(以下「本件配転命令1」という。)、平成30年10月10日付けでの営業業務である仙台事業所A部への配転を命じた(以下「本件配転命令2」という。)など違法な配転命令等のパワーハラスメントを受けたと主張して、〈1〉平成29年4月支払分から令和2年6月支払分までの基本給の未払金総額134万7000円等、〈2〉平成29年4月度から平成30年7月度までの未払残業代等、〈3〉平成30年6月度及び同年7月度の残業代不支給に係る労働基準法114条所定の付加金等、〈4〉不法行為(パワーハラスメント)に基づく損害賠償金等、の支払を求める事案である。
(2)判決は、(1)の請求うち、〈2〉〈3〉〈4〉の請求の一部を認容し、〈1〉の請求を棄却した。
参照法条 労働基準法37条
労働基準法114条
労働基準法115条
労働契約法3条5項
民法709条
体系項目 賃金 (民事)/ 割増賃金/ (6) 固定残業給
配転・出向・転籍・派遣/ 3 配転命令権の濫用
裁判年月日 令和5年6月1日
裁判所名 仙台地裁
裁判形式 判決
事件番号 令和2年(ワ)804号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労働判例1318号81頁
審級関係 控訴
評釈論文
判決理由 〔賃金 (民事)/ 割増賃金/ (6) 固定残業給〕
(1)本件求人票には、「賃金」の欄に「基本給与」が17万円である旨の記載がされており、一般的には「基本給与」とは基本給のことを意味するものと理解するのが自然であること、本件求人票には「賃金」欄とは別の欄に「時間外手当」という欄が設けられていたことからすれば、上記「基本給与」とは「基本給」のことを指し、本件求人票は、基本給17万円とは別に時間外手当を支払うとの労働条件を提示して労働契約の申込みの誘因をするものということができる。加えて、被告の就業規則や賃金規程には、固定残業代に関する定めがない。
 以上の事情に照らせば、原告と被告との間には、少なくとも賃金額について、本件求人票記載のとおり基本給を月額17万円とするとの合意が成立したものと認めるのが相当である。
 給与明細書上、「基本給」との名目で支払われていた金員と「超過勤務手当」との名目で支払われていた金員(本件手当)を合計したものが、原告被告間の労働契約において合意された基本給そのものであるから、本件手当は、基本給の一部として支払われたものとみるのが相当である。
 したがって、原告の主張する基本給の未払はないから、原告の請求のうち、基本給の未払分の支払を求める部分は理由がない。
(2)被告は平成30年5月支払分までの消滅時効を援用するところ、本件訴訟提起は令和2年6月30日であるから、上記援用のあった平成30年5月支払分までの残業代については、消滅時効が完成した。以上によれば、平成30年5月支払分までの残業代(同年5月20日までの時間外労働分)は、いずれも時効により消滅した。
(3)被告は残業代の支払を怠っており、これについて正当な理由があるとも認められないことからすると、このうち付加金の対象となる合計2万0892円について、付加金の支払を命じるのが相当である。
〔配転・出向・転籍・派遣/ 3 配転命令権の濫用〕
(4)被告代表者は、一方的に基本給を引き下げる内容の雇用契約書への署名を拒否した原告に対して署名しなければ雇用関係の消滅をほのめかすという脅迫的な言動を行って署名を迫り、さらに、原告が署名を拒否したことの報復として一定期間仕事を与えないという措置を行っており、これらの行為は、社会的相当性を逸脱する方法で原告の人格的利益を侵害するものであって、不法行為に当たるといえる。
(5)被告は、平成30年5月に本件事業譲渡を受けたことにより、それまで営業に特化していた仙台市において歯科技工物の製作が可能となったものであり、また、Eの取引先を事業譲渡によって引き継ぐことができれば、仙台市での歯科技工物の取引の増加が見込まれるのであるから、被告において、歯科技工士を仙台事業所に配置しようと考えることは、経営判断として合理的といえる。加えて、同年7月31日を紹介期限とする歯科技工士2名の募集に対して応募者が1名しか集まらなかったという状況を考慮すると、本件配転命令1の当時本社に在籍する歯科技工士のうち1名を仙台事業所に配転することは、従業員の適正配置という観点から採り得る方策の一つということができる。そして、原告が独身であり、香川県の出身で群馬県太田市内やその近隣に親族がいないことに照らすと、同市内に親族がいる者などと比較して原告が適任であるとする被告の主張は、相応の理由があるものということができる。以上の事情からすると、本件配転命令1については、これを行う業務上の必要性があったものと認めるのが相当である。
 また、本件説明会の後も、同年8月に雇用契約書をめぐる対立が生じるまでは、原告被告間に目立った対立があったということはできず、本件配転命令1が不当な動機・目的をもってされたものであることをうかがわせる事情があるということもできない。
(6)一般的に、人員配置の観点から、入社後に他の職種への配置転換がされることはあり得るものであり、被告の就業規則15条もこれを想定した規定であるといえるし、原告自身も、入社に当たり、平成29年3月30日付けで、「業務の都合により勤務内容、勤務場所等の変更があっても異議申し立て致しません。」などと記載された誓約書に署名押印し、被告に提出している。これらの事情を踏まえると、原告被告間に、原告の職種を歯科技工士に限定する旨の合意があったということはできない。したがって、配転命令権がない旨の原告の主張は理由がない。
 しかし、原告を仙台事業所の営業職に配転する業務上の必要性があったというには疑問が残るところであり、仮に認められるとしても、その必要性は低いものにとどまっていたといわざるを得ない。
 むしろ、平成30年8月には雇用契約書をめぐって原告と被告代表者が対立していたこと、同年9月7日に被告代表者が原告に仙台事業所での仕事を与えないよう指示したことなどの事情を考慮すると、歯科技工士として採用された原告を営業職に配転するという本件配転命令2は、雇用契約書をめぐって被告代表者と対立していた原告に対する報復を目的として行われたものと推認することが合理的である。
 以上によれば、本件配転命令2は、業務上の必要性を欠くか、必要性自体は認められるとしても原告に対する報復という不当な動機・目的をもって行われたものと認められるから、被告がその権限を濫用して行ったものであり、原告に対する不法行為に当たるというべきである。