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ID番号 09584
事件名 未払賃金等請求控訴・同附帯控訴事件
いわゆる事件名 足利セラミックラボラトリー事件
争点 求人票に示された基本給額と配転命令の違法性
事案概要 (1)本件は、歯の補綴物及び義歯の製作等を業とする被告(株式会社足利セラミックラボラトリー)に平成29年4月1日付けで入社し群馬県太田市所在の被告の本社において歯科技工士として勤務していた原告が、①求人票の賃金の欄には、「基本給与」が17万円とされていたが、入社後は「基本給」の名目で月額13万3000円、「超過勤務手当」の名目で月額3万7000円が支給され、被告に対し、合意された基本給の支払がされておらず残業代の未払があること、②平成30年8月21日付けでの仙台事業所への配転を命じたこと(以下「本件配転命令1」という。)、平成30年10月10日付けでの営業業務である仙台事業所A部への配転を命じた(以下「本件配転命令2」という。)など違法な配転命令等のパワーハラスメントを受けたと主張して、〈1〉平成29年4月支払分から令和2年6月支払分までの基本給の未払金総額134万7000円等、〈2〉平成29年4月度から平成30年7月度までの未払残業代等、〈3〉平成30年6月度及び同年7月度の残業代不支給に係る労働基準法114条所定の付加金等、〈4〉不法行為(パワーハラスメント)に基づく損害賠償金等、の支払を求める事案である。
(2)原審判決は、(1)の請求うち、〈2〉〈3〉〈4〉の請求の一部を認容し、〈1〉の請求を棄却した。これに対し、原告、被告両者が控訴した。
(3)判決は、原判決を変更し、消滅時効を援用することは、労働契約上の信義に反し、権利の濫用として許されないとした上で、(1)の請求うち、〈1〉〈2〉〈4〉の請求を認め、〈3〉の請求を棄却した。
参照法条 労働基準法32条の4
労働基準法37条
労働基準法114条
労働基準法115条
労働契約法3条5項
民法709条
体系項目 賃金 (民事)/ 割増賃金/ (6) 固定残業給
配転・出向・転籍・派遣/ 3 配転命令権の濫用
裁判年月日 令和5年11月30日
裁判所名 仙台高裁
裁判形式 判決
事件番号 令和5年(ネ)216号 /令和5年(ネ)285号
裁判結果 原判決変更
出典 労働判例1318号71頁
審級関係 上告受理申立て
評釈論文
判決理由 〔賃金 (民事)/ 割増賃金/ (6) 固定残業給〕
(1)求人票記載のとおり基本給を月額17万円とする合意が成立したことが認められ、その後の基本給の増額合意については当事者間に争いがないから、平成30年7月支払分以降の基本給の額は月額17万3000円、令和元年7月支払分以降は月額17万4000円となる。
 被告は、原告との合意に反して、平成29年4月支払分から令和2年6月支払分まで、上記合意による基本給の額を下回る金額の基本給を支払っていたのであるから、その差額の未払基本給を原告に支払う義務がある。
(2)被告は、基本給が17万円という労働契約を締結したはずではないかと求人票を信頼した主張をする原告に対し、顧問の社会保険労務士を使って会社の主張を暗黙のうちに承認させようと説得を試みたり、後述するとおり、被告代表者において、被告の主張に沿った雇用契約書に署名しないと勤務できなくなると脅したりして会社の主張を追認させようとするなど、原告の権利の行使を妨げてきた。
 求人票に記載した「基本給与」に固定残業代が含まれるなどという欺瞞的な方法により、求人票を信頼した労働者に対し、求人票の記載と明らかに異なる低額の基本給による労働契約の成立を主張し、その差額の基本給の支払を求め続けてきた労働者の権利行使を様々な手段を通じて妨害してきた被告が、入社直後から権利主張を続け、入社3年後には本件訴えを提起した原告に対し、令和2年法律第13号による改正前の労働基準法115条に基づいて、2年の期間の経過による消滅時効を援用して権利の消滅を主張することは、労働契約上の信義に反し、権利の濫用にあたるから許されない。
 残業代についても、上記説示のとおり、求人票の「基本給与」17万円の中に固定残業代が含まれるという欺瞞的な主張をして労働者の権利行使を妨害してきたといえる被告は、原告の残業代の請求についても妨げてきたに等しく、消滅時効を援用することは、労働契約上の信義に反し、権利の濫用として許されない。
(3)労働者にとって不利益な取扱いとならない限り、被告が労働者に対し固定残業代を支払うことは許容されるというべきであり、原告も、当初から定額の超過勤務手当が支払われることを争っていたのではなく、求人票の記載どおりに合意したはずの基本給17万円の支払が、約束どおりされないことを問題としていたのである。本件訴訟においても法定の残業代を超える超過勤務手当の支払が非債弁済にあたると主張するのは、基本給17万円の合意が認められる限りにおいては、固定残業代の支払の合意があったことと同じ法律効果を主張しているのである。
 このように考えると、被告が毎月定額の超過勤務手当として支払った金額については、固定残業代として支払われることを原告も黙示的に承諾し、これにより固定残業代の支払の合意が成立したものと認めるのが相当である。したがって、固定残業代の支払額を超える残業代が発生した月に限り、固定残業代を超える分に限って、被告の原告に対する未払残業代の支払義務が生ずることになる。
 被告が平成30年6月度と同年7月度の残業代の支払を怠ったとは認められないから、原告の付加金請求は理由がない。
〔配転・出向・転籍・派遣/ 3 配転命令権の濫用〕
(4)原告が、求人票の記載と異なる基本給を支給する会社の不当な対応について同僚にも訴えて不満を述べる中で、仙台事業所への異動を命じ、その異動や異動の際の雇用条件の明示がないことに不服を述べた原告に対し、雇用契約がなくなるかのような脅迫的な言動をして実際の雇用契約の内容を不利益に変更することになりかねない内容の雇用契約書を作成するように社長自ら強要し、そのような社長の不当な要求を拒否した原告に仕事を与えないように命じた上で、直ちに営業職に配置転換した。このような事実経過からすれば、雇用条件を不利益に変更する内容の雇用契約書を作成させようとして社長が脅迫的な言動をした上、仕事をさせないよう指示したことが違法な権利侵害になるばかりでなく、仙台事業所への配置転換も営業職への配置転換も、会社の雇用条件に正当な不服を述べる原告を本社から排除した上、雇用条件を不利益に変更する内容の雇用契約書を作成させようとした社長の不当な要求を拒否するという正当な行為をしたことに不利益を課するという不当な動機・目的の下に、業務上の必要性もないのに行われたものと認めざるを得ず、労働者の配置の決定についての使用者の権利を濫用し、違法に原告の権利を侵害したものと認めるのが相当である。
(5)違法に、仙台事業所への配置転換を命じ、社長が脅迫的な言動を行って基本給を引き下げる内容の雇用契約書への署名を迫り、これに応じない原告に一定期間仕事を与えないよう指示し、その上、歯科技工士である原告を仙台事業所の営業職に配置転換したという違法行為について、違法行為の内容や性質を考慮し、仙台への異動により受けた原告の有形無形の不利益を含むこれらの違法行為によって原告が受けた精神的苦痛の程度など、本件の一切の事情を考慮すれば、上記違法行為による精神的苦痛に対する慰謝料は、100万円と認めるのが相当であり、弁護士費用の損害は、10万円が相当である。