| ID番号 | : | 09602 |
| 事件名 | : | 損害賠償請求事件 |
| いわゆる事件名 | : | 京王プラザホテル札幌事件 |
| 争点 | : | コロナ禍における国外旅行を目的とする年休の時季変更権の有効性 |
| 事案概要 | : | (1)本件は、ホテルの運営を行う被告(株式会社京王プラザホテル札幌)において宿泊部部長として勤務していた原告が、令和2年3月にアメリカ合衆国ハワイ州で行われる原告の娘の結婚式に出席するため、年次有給休暇の時季を指定したが、被告から新型コロナウイルス感染症に関する状況等を踏まえて国外への渡航を禁止するための時季変更権の行使を受けて当該結婚式に出席することができなかったところ、当該時季変更権の行使は被告の事業の正常な運営を妨げる場合に当たらないから違法であるなどと主張して、労働契約上の債務不履行又は不法行為に基づき、慰謝料及び弁護士費用として330万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。 (2)判決は、本件時季変更権の行使が違法であるということはできないとして、原告の請求を棄却した。 |
| 参照法条 | : | 労働基準法39条5項 |
| 体系項目 | : | 年休 (民事)/ 4 時季変更権 |
| 裁判年月日 | : | 令和5年12月22日 |
| 裁判所名 | : | 札幌地裁 |
| 裁判形式 | : | 判決 |
| 事件番号 | : | 令和4年(ワ)1656号 |
| 裁判結果 | : | 棄却 |
| 出典 | : | 労働判例1311号26頁 |
| 審級関係 | : | 控訴 |
| 評釈論文 | : | 竹内(奥野)寿・ジュリスト 1596号4~5頁2024年5月 |
| 判決理由 | : | 〔年休 (民事)/ 4 時季変更権〕 (1)新型コロナウイルス感染症の状況の下では、仮に原告がハワイに渡航していた場合、一定の感染対策を講じていたとしても新型コロナウイルスに感染していた現実的危険性はあったというべきであり、実際に原告が新型コロナウイルスに感染し、帰国後に症状等が出た場合には、独自の緊急事態宣言が発出されている北海道において宿泊事業を営んでいる被告としては、その社会的責務から、当該感染の事実と共に、ホテル名、感染者が宿泊部部長であること、感染前にハワイに渡航していたこと等を公表せざるを得ず、これが大々的に報道されていたものと考えられ、宿泊部部長の立場にある原告が、大統領により国家非常事態宣言が既に発せられており、ハワイ州知事によりハワイへの渡航と往来を控え、10名以上のイベントの自粛等の要請がされるような状況の中で、あえてハワイに渡航して新型コロナウイルスに感染したという事実は、人生における重要なイベントであっても中止や自粛をすることが感染拡大を防止するために必要であるといった当時の通常人を基準とした社会的な受け止め方を前提とするならば、たとえ娘の結婚式に出席するためであったことが併せて報道されていたとしても、被告に対する社会的評価の低下をもたらすものであったと認められる。そして、2月ないし3月当時の被告の経営状況が危機的な状況であったことからすると、被告に対する社会的評価の低下は、被告の事業継続に影響しかねないものであったといえる。 そうすると、被告が、3月17日の本件時季変更権の行使の時点において、原告に対し、業務命令としてハワイへの渡航を禁じることは、被告の事業の正常な運営を妨げる場合に当たるものとして合理性があったというべきである。その上で、本件期間の年次有給休暇が専らハワイへの渡航であることを明示していた原告に対して、ハワイへの渡航を禁じた結果として本件時季変更権の行使に至ったものであるから、これをもって違法であるということはできない。 (2)事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かは、客観的に判断すべきであるところ、一般的には、年次有給休暇の利用目的は労働基準法の関知しないところであり、当該利用目的を考慮して年次有給休暇を与えないことは許されないものと解されてきた(最高裁昭和62年7月10日第二小法廷判決・民集41巻5号1229頁〈弘前電報電話局事件〉参照)。しかしながら、当該解釈は、年次有給休暇の利用目的といった主観的な事情が事業の正常な運営に直接影響を及ぼすものではないとの理解を前提としたものであったから、労働者が利用目的を明示して年次有給休暇の時季指定を行っており、専ら当該利用目的を達するために当該年次有給休暇を取得する場合を前提として、当該利用目的自体から現実的に生じ得る事態等を踏まえて、使用者の事業の正常な運営に直接影響を及ぼすこととなるといった特段の事情があるときには、例外的に、使用者において時季変更権の行使に当たり年次有給休暇の利用目的を考慮することも許されるというべきである。 これを本件についてみると、原告は、本件期間の年次有給休暇の利用目的としてハワイで行われる娘の結婚式に出席することを明示しており、ハワイに渡航できず、同結婚式にも出席できない場合にはおよそ本件期間に年次有給休暇を取得する必要がなかったものと認められることを前提に、当時の新型コロナウイルス感染症の状況の下では、仮に原告がハワイに渡航し、実際に新型コロナウイルスに感染し、帰国後に症状等が出た場合には、当該感染の事実等が大々的に報道され、被告に対する社会的評価の低下をもたらすことで被告の事業継続に影響しかねないものであったと認められ、上記の特段の事情があると認められるから、本件時季変更権の行使に当たり、原告の本件期間の年次有給休暇の利用目的を考慮することも許されるというべきである。 (3)確かに、使用者は、労働者の年次有給休暇の時季指定に対して時季変更権を行使するか否かの判断は、合理的な期間内にされるべきであり、不当に遅延させることは許されない。しかしながら、当該時季指定から一定期間が経過した後であっても、諸般の事情の変更により、事業の正常な運営を妨げることが判明した場合において、その後遅滞なく時季変更権が行使されたといった特段の事情があるときは、このような時季変更権の行使も合理的な期間内にされたものとして許されるものというべきである。 これを本件についてみると、本件期間における年次有給休暇について、原告がB総支配人の了承を得たのが令和元年10月頃であり、原告が乙山社長の了承を得たのが2月25日であるところ、同日以降も、新型コロナウイルス感染症の急拡大の傾向が更に強まっており、本件時季変更権の行使がされた3月17日時点では、B総支配人や乙山社長が了承した各時点とは、新型コロナウイルス感染症の状況は大きく異なっていたものであり、日々刻々と国内外の状況が変化するといった諸般の事情の変更があった中で、翌日から予定通りハワイに渡航することを確認した直後に乙山社長がB総支配人及びC部長と共に協議を行い、速やかにハワイへの渡航を禁止する旨の判断をしたことに照らすと、本件時季変更権の行使は遅滞なくされたものとして、上記の特段の事情があると認められるから、本件時季変更権の行使は合理的な期間内にされたものとして許されるというべきである。 |