全 情 報

ID番号 09624
事件名 雇用契約上の地位確認等請求事件
いわゆる事件名 ヤマト事件
争点 錯誤による退職の意思表示の無効
事案概要 (1)本件は、被告(建築付帯設備工事等及び土木建築工事並びにこれらの工事の設計、監理、施工等を業とする株式会社)に1年間の期限の定めて定年後再雇用され定年退職前と同様の被告常務執行役員兼埼玉支店業務執行責任者に任じられた原告が、被告から元年6月12日、同日付け制裁通知書(以下「本件制裁通知書」という。)を交付され、原告を同月20日付けで諭旨解雇処分とする旨の通知(以下「本件諭旨解雇」という。)を受けるとともに、原告が1週間以内に始末書を添えて退職届を提出した場合には依願退職とすることを認める旨伝えられ、退職届のひな型等を交付された。原告は、被告に対し、同月18日付の始末書(以下「本件始末書」という。)、退職届(以下「本件退職届」という。)及び退職金の減額に関する同意書(以下「本件減額同意書」という。)を提出した。
 その後、原告は、令和元年6月12日付け諭旨解雇処分は客観的合理的理由及び相当性を欠くものであるから無効であり、原告名義の退職届及び退職一時金減額に関する同意書は存在するが、原告の退職の意思表示や退職一時金減額同意は存在せず、仮に存在するとしても無効であり、かつ、被告においては75歳まで定年後再雇用が継続されている実例があるから期間満了後も雇用契約関係は継続しているなどと主張して、被告に対し、〈1〉雇用契約上の地位確認、〈2〉退職一時金残額213万2000円等の支払、〈3〉同年6月20日から本判決確定日まで毎月25日限り賃金月額69万5000円等の支払、〈4〉令和元年6月20日から本判決確定日まで夏季賞与、冬季賞与等の各支払を求めるとともに、被告が確たる根拠もなく前記諭旨解雇をなし、従業員や関係者にその旨及び理由を伝えたことにより、原告の社会的信用が損なわれて精神的苦痛を被ったとして、不法行為に基づき、慰謝料等330万円等の支払を求めた事案である。
(2)判決は、本件諭旨解雇は、客観的合理的理由及び相当性を欠くものとして無効であるとして、本件雇用契約は令和2年3月20日をもって終了したと認め、その間の未払い賃金と退職一時金残額分の支払請求を認容し、その他の請求を棄却した。
参照法条 旧民法95条
労働契約法19条
体系項目 退職/退職願/ (2) 退職願と錯誤
裁判年月日 令和6年3月13日
裁判所名 東京地裁
裁判形式 判決
事件番号 令和3年(ワ)22590号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 D1-Law.com判例体系
審級関係
評釈論文
判決理由 〔退職/退職願/ (2) 退職願と錯誤〕
(1)〈1〉原告が外注業者の費用負担により平成30年10月5日から7日までの3日間にわたる山梨県内のゴルフ旅行(本件国内旅行1)に2日目から参加したこと、〈2〉原告が外注業者の費用負担により平成30年10月19日及び同月20日の2日間にわたる静岡県内のゴルフ旅行(本件国内旅行2)に参加したこと、〈3〉原告がNの費用負担により同年11月22日から同月27日までの6日間にわたる米国aoでのゴルフ旅行(本件海外旅行)に参加したこと、〈4〉前記〈1〉ないし〈3〉に関し外注業者が負担した原告分の旅行代金は合計114万2000円(〈1〉3万5000円、〈2〉4万7000円、〈3〉106万円)であったことが認められ、特にNが負担した本件海外旅行費用は106万円と高額であることからすると、一般的にみて、特定の外注業者との癒着が生じるリスクが高く、このような癒着から生じ得る弊害を防止する必要性も高いといえる。そうすると、原告が外注業者の負担により本件国内旅行1及び2並びに本件海外旅行に参加したことは、「業務に関し、不正不当に金品、その他の授受をした場合」(就業規則52条による制裁を行う場合の基準を定めた本件制裁基準1(7))に当たり、「故意に会社の利益を損なうような行為」(就業規則5条2号)に該当すると認められる。
(2)原告が提出した本件始末書には本件海外旅行費用を外注費として被告に請求させ、当該過大請求を黙認したことを認める旨の記載があるほか、原告は内容虚偽の本件領収証を取得するなどの偽装工作を行っており、これらはNが本件海外旅行費用の一部を工事代金に水増し請求したことを一定程度推認させる方向の事実ではあるものの、原告は本件諭旨解雇による解雇を避けるためには依願退職するほかなく、被告に依願退職を認められるためには始末書の書き直しに応じざるを得ないと考え、本件始末書を作成した可能性も十分にあり、また原告は本件領収証を被告に提出しておらず、内容虚偽であることも認めていたこと、T部長とO社長の平成30年11月9日付けメールによる渡航費230万円の水増し請求は本件海外旅行費用ではない費用等の精算であった可能性が否定できないことを考慮すれば、Nによる渡航費230万円の水増し請求が本件海外旅行費用の精算であったと認めることはできず、この点の被告が主張する懲戒事由該当行為を認めることはできない。
(3)原告が、被告常務執行役員兼埼玉支店業務執行責任者であって、被告におけるコンプライアンス委員も務めていたことからすると、原告の前記各行為の責任や被告の企業秩序に及ぼす影響を軽く見ることはできないが、原告が現に外注先と癒着し、自己又は外注先の利益を図って、会社に損害を及ぼしたとまでは認められないことからすると、その結果が重いとまでは評価できず、諭旨解雇の客観的合理的理由があると認められるか疑問がある。また、仮にこれが認められるとしても、原告がこれまでに処分歴はないこと等を考慮すれば、本件諭旨解雇が社会通念上相当であるとまでは認められない。
 以上によれば、本件諭旨解雇は、客観的合理的理由及び相当性を欠くものとして無効である。
(4)原告としては、本件諭旨解雇が有効であり、本件諭旨解雇による解雇を回避するためには退職届を提出する以外に方法はないと誤認し、本件退職届を提出したものであるから、原告による退職の意思表示は動機の錯誤があったと認められる。そして、被告は、原告に対し、本件諭旨解雇の効力が発生するまでに退職届を提出すれば依願退職を認めると説明していたことからすれば、原告が退職届の提出を選択したことをもって、本件諭旨解雇による解雇を避けるという動機が表示されていたと認められるから、原告の退職の意思表示には要素の錯誤があったものと認められる。よって、原告の退職の意思表示は錯誤により無効である(旧民法95条)。
 以上によれば、原告による退職の意思表示は錯誤により無効であるから、本件雇用契約は、退職合意又は解約告知により、令和元年6月20日をもって終了したとは認められない。
(5)原告は、本件退職届提出後、令和3年6月4日頃まで本件諭旨解雇の効力や本件退職届による退職の有効性を争っておらず、本件雇用契約の契約期間満了日であった令和2年3月20日までの契約更新の申込みや当該契約期間満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをしたとは認められない(労働契約法19条柱書)。
 したがって、契約更新の合理的期待について検討するまでもなく、本件雇用契約は令和2年3月20日をもって終了したと認められる。
(6)被告は、原告に対し、令和元年6月12日時点で、本件減額同意書により、原告の確定給付企業年金の加入期間から算出される退職一時金額が1372万円であると明示していることが認められるから、原告は被告に対し退職一時金1372万円の支払を受ける権利を有していたと認められるところ、被告は原告に対し退職一時金として1158万8000円しか支払っていない。
 以上によれば、原告は、被告に対し、退職一時金残額213万2000円及び遅延損害金の支払を求める権利があると認められる。
(7)原告は、無効な本件諭旨解雇をされ、原告が本件諭旨解雇をされた事実を被告従業員に公表されたことにより精神的苦痛を被ったと主張するが、損害賠償により償うことが相当な程度の損害が発生したとは認められない。
 以上によれば、原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。