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ID番号 09628
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 社会医療法人警和会事件
争点 一斉年休申請に対する時季変更権の行使の有効性
事案概要 (1)原告ら187名は、社会医療法人警和会(以下「被告」という。)との間で雇用契約を締結し、被告が運営する北大阪警察病院(以下「本件病院」という。)の職員として勤務していた。被告は、医療法人成和会(以下「成和会」という。)に対し、平成31年4月1日付けで本件病院に係る事業を譲渡することとし、本件病院の職員らで組織される北大阪警察病院職員組合(以下「本件組合」という。)との間で年次有給休暇(以下「年休」という。)の取扱い等について交渉していたところ、合意に至らず、原告らは、同年3月8日以降一斉に年休申請をしたが、同月31日までに年休全てを消化できなかった。
 本件は、原告らが、被告に対し、
〈1〉 第1次請求として、被告は、本件組合が年休の消化方法について問題提起をした平成30年9月以降、原告らのシフト調整、人員配置や業務量の調整等により年休消化に向けた具体的な措置を行うべき法的義務があったにもかかわらず、これを怠り、原告らに未消化年休に相当する賃金相当額の損害を与えた
〈2〉 第2次請求として、被告は、違法に時季変更権を行使するなどして、原告らの年休取得を妨害し、原告らに年休を消化していれば支給された賃金相当額の損害を与えた
などと主張して、不法行為又は債務不履行に基づき、上記各金員等の支払を求める事案である。
(2)判決は、原告の請求をいずれも棄却した。
参照法条 労基法39条
民法415条
体系項目 労年休 (民事)/ 4 時季変更権
裁判年月日 令和6年3月27日
裁判所名 大阪地裁
裁判形式 判決
事件番号 令和1年(ワ)9603号
裁判結果 棄却
出典 労働判例1310号6頁
審級関係 控訴
評釈論文 木村一成・労働判例 1318号112~113頁2024年12月15日
平木健太郎・民商法雑誌 161巻3号177~189頁2025年8月
判決理由 〔年休 (民事)/ 4 時季変更権〕
(1)被告が原告らの年休消化に向けた具体的な措置を行うべき義務を怠ったか及びこれによる損害額
 労基法39条の趣旨は、使用者に対し、できる限り労働者が指定した時季に休暇を取得することができるように、状況に応じた配慮をすることを要請しているものと解すべきであって、そのような配慮をせずに時季変更権を行使することは、この趣旨に反するものである。
 平成30年法律第71号による改正後の労働基準法39条7項は、使用者は、年休の付与日数が10日以上である労働者に対し、そのうち5日について、年休の1年ごとの基準日の初日から1年以内の期間に時季を定めて与えなければならない旨を定めるところ、同項によっても、使用者が労働者に年休全てではなく年休5日を確実に取得させるべき義務を課すものであり、同改正前の労基法は、年休の時季指定を労働者の時季指定権の行使に委ねていたことを踏まえると、上記判示の状況に応じた配慮というのは、個々の労働者の個別具体的な時季指定権を行使する際に、使用者ができる限り労働者が指定した時季に年休を取得することができるようにするものにとどまり、これを超えて、使用者が全ての労働者に対して年給全てを取得させるような具体的な措置を講ずる義務を負っていたと解することはできない。
 仮に、被告が上記のような義務を負うとしても、成和会の担当者は、平成30年10月10日、被告の担当者同席の場で、本件組合に対し、年休は現在のまま変わらず継続し、付与日数も変わらない旨を説明していたことからすると、被告は、その当時、成和会から、本件事業譲渡に際し、本件病院職員の保有する年休日数のうち20日を限度として、翌年度に取得することができる方向である旨の説明を受けていたものと推認するのが相当である。さらに、本件組合は、同年11月に、被告に対し、退職金の割増しや年休の消化を含む種々の問題を退職金の割増し(退職一時金)として集約して議論するよう提案し、その後、本件組合と被告との間で退職一時金の金額について交渉を重ねていた。これらの事実関係に照らすと、同月時点では、被告が本件病院の職員の退職日である平成31年3月31日までに本件病院の職員の年休(20日を超える部分を含む。)を完全に消化させる必要があるとの認識に至らなかったとしても無理からぬところがある。そうすると、平成30年11月時点で、被告が原告らの年休を取得させるために具体的な措置を講ずる義務が生じていたとは認められない。
 その後、成和会が平成31年2月25日に本件病院の職員に対する説明会で、被告における年休の残日数を引き継がないとの説明を行い、被告が、その時点から原告らを含む本件病院の職員の年休消化のための具体的な措置を検討しても、退職日まで約1か月しかなく、原告らに限ってみても、同年3月31日までに少なくとも多くの職員の年休が未消化であったことを考慮すると、原告らを含む約310名の本件病院の職員の年休全てを消化する措置を講じることは著しく困難であるといわざるを得ない。
 以上より、被告が原告らに対し年休消化に向けた具体的な措置を講じなかったことについて、不法行為責任及び債務不履行責任を負うものということはできず、原告らの第1次請求は理由がない。
(2)本件一斉申請は、原告らが、平成31年3月8日以降、同月31日までの特定の日に年休取得の意思を示したものであるから、年休の時季指定に当たるというべきである。
 B事務局長は、本件一斉申請がされた後、課長及び師長に対し、年休申請をした職員全員が休暇を取得すると、本件病院の事業運営が成り立たなくなるので、年休取得についてはできる限り調整してほしいと伝えており、これを踏まえて、課長や師長等が所属の職員に対して、その職員の希望を踏まえつつ、出勤への説得をしたことが推認できる。
 そうすると、B事務局長らが、休暇表のフォーマットに承認印を押さないことをもって、原告らの年休申請(時季指定)に対して時季変更権を行使したということはできないというべきであり、年休申請をしたのに出勤した職員は、任意に時季指定権の行使を撤回し、被告もこれを承諾したものと認めるのが相当である。
 なお、原告らは、年休申請(時季指定)をしたが後に出勤した職員は、自由な意思に基づきこれを撤回したものとはいえない旨を主張する。
 しかしながら、本件組合は、平成30年9月下旬時点で、本件一斉申請のように対象者全員が年休を取得すると本件病院の運営が成り立たないとの認識を示しており、原告らも同様の認識を有していたものと推認できるから、所属長の説得等に応じ、本件病院の運営に重大な支障が生じることを回避するために、勤務したことは十分考えられるところであり、原告らが、その意に反して所属長から年休申請の撤回を強いられたような事情を認めるに足りる証拠はない。したがって、原告らの上記主張は採用することができない。
(3)B事務局長らの対応が時季変更権の行使に当たるとしても、本件一斉申請は労基法39条5項ただし書の「事業の正常な運営を妨げる」場合に当たるから、適法である。
 なお、原告らは、退職時の未消化年休の一括時季指定については、使用者は時季変更権を行使できない旨を主張する。
 一般的に、労働者が退職前に年休を一括時季指定して退職することは珍しくなく、このような場合に使用者が時季変更することは、他の時季に年休取得の可能性がないから、時季変更の要件を欠くものと解するのが相当である。
 しかしながら、原告ら187名を含む本件病院の職員232名が一斉に年休申請をすると、本件病院の業務に重大な支障を生じ、その事業の存続が危殆に瀕することは明らかであり、そのような事情がある場合には、労働者が退職前に年休を一括時季指定しても、使用者は労働者が可及的に年休を取得できるように配慮しながら時季変更権を行使することは許されるものと解するのが相当である。本件では、B事務局長は、課長及び師長に対し、年休取得についてはできる限り調整してほしいと伝えており、年休取得に配慮しながら時季変更権を行使したものということができる。
(4)本件一斉申請が権利の濫用に当たるかを検討するまでもなく、被告の対応が原告らの年休取得を妨害したものということができないから、被告は、不法行為責任及び債務不履行責任を負うものということはできず、原告らの第2次請求は理由がない。