全 情 報

ID番号 09634
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 AGCグリーンテック事件
争点 社宅利用制度における間接性差別
事案概要 (1)本件は、平成20年4月から紹介定派遣で被告(AGCグリーンテック株式会社)の管理室(当時の名称は事務部)で勤務した後、同年七月頃に被告に正社員として採用され、現在まで管理室での業務に従事している女性従業員である原告が、被告に対して以下の主位的請求(下記アないしオ記載の〈1〉~〈9〉)及び予備的請求(下記カ記載の〈10〉及び〈11〉)をする事案である。
 ア 原告が、被告が総合職に対してのみ社宅制度(被告の社宅管理規程に基づき、被告が従業員の居住する賃貸住宅の借主となって賃料等を全額支払い、その一部を当該従業員の賃金から控除し、その余を被告が負担する制度。以下同じ。)の利用を認めているのが、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」という。)6条2号、同法7条及び民法90条に違反すると主張して、
〈1〉 原告が社宅管理規程に基づき月額3万6000円の負担を求める権利を有する地位にあることの確認
〈2〉 社宅制度の男女差別に係る不法行為に基づく損害賠償等の支払
〈3〉 社宅制度に基づく賃料負担義務の不履行を理由とする損害賠償等の支払
を求める。
 イ 原告が、男性の一般職と原告との間にある賃金格差が労働基準法(以下「労基法」という。)四条に違反すると主張して、
〈4〉 原告が基本給月額31万4500円の支給を受ける権利を有する地位にあることの確認
〈5〉 労働契約による賃金請求権に基づき、賃金の差額等の支払
〈6〉 上記〈5〉に対応する弁護士費用等の支払
を求める。
 ウ 原告が、社宅制度の男女差別及び男女賃金差別が違法であると主張して、〈7〉不法行為ないし債務不履行に基づく慰謝料及び弁護士費用等の支払を求める。
 エ 原告が、被告による違法な業務外しをされたと主張して、〈8〉不法行為に基づく損害賠償等の支払を求める。
 オ 原告が、被告による違法な査定により低い人事考課をされたと主張して、〈9〉不法行為に基づく損害賠償等の支払を求める。
 カ 原告は、上記ア〈3〉が認容されない場合に備え、〈10〉社宅制度の男女差別による不法行為に基づく損害賠償等の支払を、上記イ〈5〉及び〈6〉が認容されない場合に、〈11〉男性一般職との男女賃金差別による不法行為に基づく損害賠償等の支払を予備的に求める。
(2)判決は、社宅制度の運用は、雇用分野における男女の均等な待遇を確保するという均等法の趣旨に照らし、間接差別に該当するとして、それに対する損害賠償請求と、被告の違法な社宅制度によって原告に生じた精神的苦痛に対する慰謝料等請求を認容し、(1)イ〈4〉の請求を却下し、その余の請求を棄却した。
参照法条 民法90条
民事訴訟法134条の2
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律7条
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律施行規則2条
体系項目 労基法の基本原則 (民事) /均等待遇/ (10) 男女別コース制・配置・昇格等差別
裁判年月日 令和6年5月13日
裁判所名 東京地裁
裁判形式 判決
事件番号 令和2年(ワ)20432号
裁判結果 一部却下、一部認容、一部棄却
出典 労働判例1314号5頁
労働経済判例速報2565号3頁
労働法律旬報2062号44頁
審級関係 確定
評釈論文 竹内(奥野)寿・ジュリスト 1601号4~5頁2024年9月
石田信平・労働法律旬報 2062号35~36頁2024年8月25日
平井康太・法と民主主義 592号38~41頁2024年10月
平井康太・季刊労働者の権利 358号101~105頁2024年10月
鈴木銀治郎・労働経済判例速報 2565号2頁2024年12月10日
長谷川聡・労働判例 1318号5~16頁2024年12月15日
三笘裕/監修/伊藤環・ビジネス法務 25巻2号64頁2025年2月
山田結稀・明治大学法科大学院ジェンダー法センター年報 5号(2024年)58~61頁2025年3月
柳澤武(労働判例研究会)・法律時報 97巻6号121~124頁2025年6月
石川茉莉(東京大学労働法研究会)・ジュリスト 1612号148~151頁2025年7月
安倍嘉一・経営法曹 224号64~72頁2025年6月
判決理由 〔労基法の基本原則 (民事) /均等待遇/ (10) 男女別コース制・配置・昇格等差別〕
(1)原告は、基本給月額31万4500円の支給を受ける権利を有する地位にあることの確認を求めているところ、原告が、月例賃金の差額請求とは別途、かかる確認を求めることが原被告間の紛争を解決するために有効かつ適切であると認めることはできない。したがって、本件訴えのうち、上記確認を求める部分は、確認の利益を欠くものであり、不適法であるとして却下を免れない。
(2)被告が一般職に社宅制度の利用を認めていないことは直接差別又は間接差別として違法といえるが否か
 ア 直接差別について
 被告が社宅制度の利用対象者とする総合職の大半は営業職で占められているところ、その採用に応募したのはほとんどが男性であり、応募した女性はDのほか、同人と同じ求人に応募した女性2名と、令和元年度に実施した際の1名のみであることからも明らかなとおり、社宅制度の適用を受けてきたのがDを除き全て男性であったのは、社宅制度の適用対象の大半を占める営業職が、女性からの応募の少ない職種であることが原因であると認めることができ、社宅制度に伴う待遇の格差が、性別に由来するものと認めることはできない。
 そうすると、社宅制度に関する待遇の格差が男女の性別を直接の理由とするものと認めることはできないし、社宅制度の適用を受けてきたのがDを除き全て男性であったという外形的事実から、これを男女の性別を理由とする直接差別であると推認することはできないというべきである。
 営業職及び事務職の各採用プロセスと、その後の総合職及び一般職への振分けは、被告の就業規則等における総合職及び一般職の区分を踏まえた処遇と認めるのが相当であって、原告が主張するように、男性を採用すれば総合職に、女性を採用すれば一般職に割り振るという運用がされていたと認めることはできない。
 被告の社内の会議、社内連絡及び会議録などにおいて、総合職を男性社員や男性と、一般職を女性社員や女性と呼称していた事実を認めることができる。また、平成二三年七月以降の社宅制度についての文書に「妻帯者向け、扶養家族のある方の住居」など総合職として男性を想定しているかのような表現が記載されている文書も存在する。
 これらの表現は相当性を欠くものではあるものの、長年にわたって総合職に占める男性の割合が多く、一般職に占める女性の割合が多い状態が続いているがゆえに従業員間に蔓延していた固定観念を反映したものであると考えるのが自然であり、これをもって、被告が性別を理由として総合職を男性に、一般職を女性に担当させる運用を実施していたことを裏付けるものとはいえず、原告の主張は採用できない
 以上によれば、被告が総合職にのみ社宅制度の利用を認めていることが、均等法六条二号、均等法施行規則一条四号に違反する旨の原告の主張は採用できない。
 イ 間接差別について
 少なくとも平成23年7月以降、社宅制度という福利厚生の措置の適用を受ける男性及び女性の比率という観点からは、男性の割合が圧倒的に高く、女性の割合が極めて低いこと、措置の具体的な内容として、社宅制度を利用し得る従業員と利用し得ない従業員との間で、享受する経済的恩恵の格差はかなり大きいことが認められる。他方で、転勤の事実やその現実的可能性の有無を問わず社宅制度の適用を認めている運用等に照らすと、営業職のキャリアシステム上の必要性や有用性、営業職の採用競争における優位性の確保という観点から、社宅制度の利用を総合職に限定する必要性や合理性を根拠づけることは困難である。
 そうすると、平成23年7月以降、被告が社宅管理規程に基づき、社宅制度の利用を、住居の移転を伴う配置転換に応じることができる従業員、すなわち総合職に限って認め、一般職に対して認めていないことにより、事実上男性従業員のみに適用される福利厚生の措置として社宅制度の運用を続け、女性従業員に相当程度の不利益を与えていることについて、合理的理由は認められない。したがって、被告が上記のような社宅制度の運用を続けていることは、雇用分野における男女の均等な待遇を確保するという均等法の趣旨に照らし、間接差別に該当するというべきである。
(3)社宅制度に係る不法行為の成否
 平成23年7月以降、被告が社宅制度の利用を総合職にのみ認め、一般職に対して認めない運用を続けていることは、均等法の趣旨に照らせば、間接差別に該当し、被告はそれによる違法な状態を是正すべき義務を負っている。そして、被告がこうした状態を是正する場合、相当数の総合職が恩恵を受けている社宅制度自体を撤廃することは事実上困難であるから、一般職にも社宅制度の適用を認め、総合職と同一の基準で待遇すること以外に現実的な方策は考え難い。かかる方策をとることなく、間接差別に該当する措置を漫然と継続した被告の行為は違法であり、少なくとも過失が認められることから、被告はこれにより原告に生じた損害につき賠償する責任を負う。
 以上に照らすと、平成30年3月27日から令和6年3月25日までの期間についての原告の予備的請求(不法行為に基づく損害賠償請求権)は、理由がある。
(4)被告による社宅制度の運用は、直接差別とまでは評価できないこと、被告が平成20年4月1日以降、一般職も対象にした住宅手当制度を設け、原告も所定の額を受領していること、社宅制度の運用による平成29年2月以降の損害については、上記の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の請求が認容されることで一定程度は填補されること等を勘案しても、原告に慰謝料によって填補しなければならない精神的苦痛が生じたことは否定し難い。これらに加えて、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、被告の違法な社宅制度によって原告に生じた精神的苦痛を慰謝するに必要な金額は、50万円と認めるのが相当である。