| ID番号 | : | 09635 |
| 事件名 | : | 損害賠償請求控訴事件 |
| いわゆる事件名 | : | 京王プラザホテル札幌事件 |
| 争点 | : | コロナ禍における国外旅行を目的とする年休の時季変更権の有効性 |
| 事案概要 | : | (1)本件は、ホテルの運営を行う被控訴人(株式会社京王プラザホテル札幌)において宿泊部部長として勤務していた控訴人が、令和2年3月にアメリカ合衆国ハワイ州で行われる控訴人の娘の結婚式に出席するため、年次有給休暇の時季を指定したが、被控訴人から新型コロナウイルス感染症に関する状況等を踏まえて国外への渡航を禁止するための時季変更権の行使を受けて当該結婚式に出席することができなかったところ、当該時季変更権の行使は被控訴人の事業の正常な運営を妨げる場合に当たらないから違法であるなどと主張して、労働契約上の債務不履行又は不法行為に基づき、慰謝料及び弁護士費用として330万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。 原審は、控訴人の請求を棄却したところ、これを不服として控訴人が控訴した。 (2)判決は、本件期間に有給休暇を与えることは被控訴人の「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当すると判断した上で、被控訴人が事業の正常な運営を妨げる場合に該当するか否かを判断するのに必要な合理的期間を徒過して本件時季変更権を行使したことによる不法行為に当たるとして、控訴人が休暇取得を妨げられたことによる精神的苦痛の損害賠償30万円と弁護士費用3万円を認容した。 |
| 参照法条 | : | 労働基準法39条5項 |
| 体系項目 | : | 年休 (民事)/ 4 時季変更権 |
| 裁判年月日 | : | 令和6年9月13日 |
| 裁判所名 | : | 札幌高裁 |
| 裁判形式 | : | 判決 |
| 事件番号 | : | 令和6年(ネ)8号 |
| 裁判結果 | : | 原判決変更 |
| 出典 | : | 労働判例1323号14頁 |
| 審級関係 | : | 上告受理申立て |
| 評釈論文 | : | 淺野高宏・労働法律旬報 2074号38~39頁2025年2月25日 水町勇一郎(東京大学労働法研究会)・ジュリスト 1608号128~131頁2025年4月 淺野高宏・労働法律旬報 2077号24~33頁2025年4月10日 |
| 判決理由 | : | 〔年休 (民事)/ 4 時季変更権〕 (1)控訴人が年次有給休暇を指定した本件期間(3月18日から同月25日まで)にハワイで挙行される娘の結婚式に参加するため不可避に伴う海外渡航によって控訴人自身が新型コロナウイルスに感染する危険性が高まることは、被控訴人の事業運営を妨げる客観的事情であると認められ、また、控訴人がこの時期に海外渡航をして感染すること自体が問題となるため、代替勤務者を配置するなどの通常の配慮によって事業運営上の支障を回避することもできないことから、本件期間に有給休暇を与えることは被控訴人の「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するといわざるを得ない。 控訴人は、事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かの判断に際し、年次有給休暇の利用目的を考慮することは許されない旨主張する。確かに、年次有給休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由であり、当該利用目的を考慮して年次有給休暇を与えないことは許されないものと解され(最高裁昭和48年3月2日第二小法廷判決・民集27巻2号210頁〈国鉄郡山工場賃金請求事件〉、最高裁昭和62年7月10日第二小法廷判決・民集41巻5号1229頁〈弘前電報電話局事件〉参照)、事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かは、利用目的の評価を交えることなく、客観的に事業運営の阻害状況が発生するおそれがあるか否かによって判断されるべきである。 しかしながら、本件においては、控訴人が明示していたハワイで挙行される娘の結婚式に参加するという年次有給休暇の利用目的自体が問題視されたものではなく、そのために不可避に伴う海外渡航を、新型コロナウイルスの感染拡大が続いていた時期である本件期間に行う結果、控訴人自身が新型コロナウイルスに感染する危険性が高まることが被控訴人の事業運営を妨げる客観的事情として認められるのであり、年次有給休暇の利用目的に係る評価とは無関係である。また、海外渡航を年次有給休暇の利用目的の一部と捉えるとしても、本件で考慮されたのは海外渡航の主観的評価とは無関係な、その実施時期と感染リスクの増大という客観的事情であり、これらを考慮して事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かを判断したからといって、直ちに労基法の趣旨に反して利用目的自体を考慮した時季変更権の行使であるということはできない。 (2)使用者による時季変更権の行使は、時季変更による労働者の被る不利益を最小限にとどめるため、時季指定がされた後、事業の正常な運営を妨げる場合に該当するか否かを判断するのに必要な合理的期間内にできるだけ速やかにされる必要があり、時季指定の時点で予測できなかった事業の正常な運営を妨げる事由が後に発生した場合にも、その事由発生後遅滞なく行使されるべきであり、不当に遅延した時季変更権の行使は、権利の濫用により違法であると解される。 これを本件についてみると、〈1〉本件期間における年次有給休暇について、控訴人は令和元年10月頃にB総支配人の了承を得ていたこと、〈2〉被控訴人内部で新型コロナウイルス対策に関する会議が開かれ、従業員に対して、いわゆる飲み会の自粛や不要不急の海外渡航の自粛・日程変更や延期を要請すること等の対応を協議した2月25日の同会議終了後には、控訴人は乙山社長の了承も得たこと、〈3〉北海道内の公立小中学校が休校になるなど新型コロナウイルスの感染が拡大する中、2月28日には週末の外出自粛を要請する北海道知事による緊急事態宣言が発表され、この頃には管理部門のC部長も控訴人のハワイへの渡航予定を聞き及んでいたこと、〈4〉上記緊急事態宣言後、北海道大学が3月3日に卒業式の中止を発表し、ホテルや飲食店でも宿泊や宴会のキャンセルが相次ぎ、商業施設が休業するなど感染拡大防止のために重要なイベントであっても中止や自粛が必要であると社会的に受け止められる状況となっていたこと、〈5〉3月6日、北海道大学が職員の感染とこれに伴い入学試験の後期日程中止を発表し、同月11日、京王プラザホテル札幌近隣の国家公務員共済組合連合会斗南病院が看護師の感染や外来休診、入院受入れ中止を発表し、同月13日、札幌市内のイオンモールがテナント従業員の感染や閉店時間繰り上げ、全館消毒作業の実施を発表し、C部長は、これらについて遅くとも発表の翌日には報道で知り、上記緊急事態宣言を受けて被控訴人としての対策の必要性を認識していた中で、従業員に感染者が生じた場合の事態の重大性に衝撃を受けていたこと、〈6〉3月上旬にはアメリカ合衆国各地の州において非常事態宣言が発令されるようになり、同月11日にはWHOがパンデミックを宣言するなど同月上旬には既にアメリカ合衆国を含む海外への渡航が感染リスクを高めるものと社会的に認識されていたことが認められ、これら控訴人による時季指定前後の上記経過を踏まえると、宿泊部部長であった控訴人が海外渡航を経て新型コロナウイルスに感染する現実的危険性及び感染した場合の事業運営上の影響の重大性については、道独自の緊急事態宣言が発表された2月末頃か、いかに遅くとも3月14日までには被控訴人において認識可能であったと認められる。また、年次有給休暇の利用目的があらかじめ明示され、指定した時季に休暇を取得する控訴人の期待が極めて大きく、仮に時季変更権を行使するのであればできる限り速やかに行使する必要があることは被控訴人においても明らかであったこと、本件期間を翌月であると勘違いしていた乙山社長が、3月17日午前9時30分頃ないし同日10時頃に自らの勘違いに気付き、控訴人の渡航予定が翌日からであると認識した後、A常務及びC部長と協議をし、わずか1時間足らずで本件時季変更権を行使する決断をしていることからすれば、被控訴人は、2月末頃ないし遅くとも3月14日までに、被控訴人の事業の正常な運営を妨げる場合に該当する旨速やかに判断して時季変更権を行使することが可能であったというべきであり、休暇開始日の前日である3月17日に至って本件時季変更権を行使したことは、合理的期間を経過した後にされたものであって権利の濫用というほかなく、違法と認められる。 以上によれば、本件時季変更権の行使は違法であり、控訴人の年次有給休暇を取得する権利を侵害する不法行為を構成するものといえる。 (3)被控訴人が事業の正常な運営を妨げる場合に該当するか否かを判断するのに必要な合理的期間を徒過して本件時季変更権を行使したことによる不法行為によって、控訴人には休暇取得を妨げられたことによる精神的苦痛が生じたことが認められる。 もっとも、事業の正常な運営を妨げる事由自体は認められ、仮に被控訴人が適法に時季変更権を行使していた場合、控訴人の娘の結婚式が延期されるなどしてこれに控訴人が参加する機会を得られたことを認めるに足りる証拠はないことからすると、結婚式に参加することができなかったことによる精神的苦痛を上記不法行為と相当因果関係のある損害ということはできず、本件期間開始の前日に本件時季変更権が行使されたことによって休暇取得に対する期待を侵害されたことによる精神的苦痛の限度で相当因果関係が認められ、その金額は30万円と認めるのが相当である(なお、旅行代金等のキャンセル料が発生しなかった。)。 また、事案の性質及び認容額に照らし、弁護士費用相当額は3万円の限度で認める。 |