全 情 報

ID番号 10261
事件名 労働基準法違反事件
いわゆる事件名 共栄亭事件
争点
事案概要  特殊喫茶店の婦女子に対する行為が、労基法五条にいういわゆる精神または身体の自由を不当に拘束する手段にあたるか否かが争われた事例(肯定)。
参照法条 労働基準法9条
労働基準法5条
体系項目 労基法総則(刑事) / 労働者
労基法総則(刑事) / 強制労働
裁判年月日 1950年11月28日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和25年 (う) 290 
裁判結果 有罪(懲役10か月)
出典 高裁刑特報15号36頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法総則-労働者〕
 (一) 原判決挙示の各証拠を綜合すれば被告人Y1は判示の頃より判示の場所においてAと云う屋号で特殊喫茶店を営んでいたこと、被告人Y2は右事業の経営を担当し右Y1の為に婦女との契約並びに監督等の行為をしていたこと、被告人等は右特殊喫茶店を経営するに当りB等の婦女子を被告人等方に居住させこれに食事を与え、衣類を給与していたこと、同人等は被告人等の居宅内で被告人等から割当てられた部屋で客の相手をしていたこと、被告人等は婦女子等が客より取得した金員をその名目の如何をとわず全部被告人等に手交させていたこと、右金員は被告人等六分婦女子四分の割合で分配取得することとしていたが右婦女子等の取得すべき金員は同人等の食費着物代その他の前借金の返済に充てられていたことを認めることができる。
 論旨はBは被告人等方に寄寓し客があれば客席に侍つてサービスをなし、求めによつては売淫もするが之は同人の自由意思によつて店主から独立してなすものであつて、従つて売淫行為の面ではBが独立の営業主であつて被告人等はこれに何等関係なく只Bはその収益からその席料その他自己の寄寓費を歩合によつて支払つていたにすぎないと主張するが、前掲各事実に徴するときは、Bが被告人等方に単に寄寓していたのみで、その席料その他の寄寓費のみを支払うにとどまる所謂独立対等の関係にあつたものとは到底認めることはできない。むしろ被告人等とBとの関係は従前のいわゆる店主と酌婦との関係と同様実質的な使用従属の関係が存在していたと認めるのが相当であつて、かく認めることは何等条理に反するものではなく又真相と相違するものということはできない。しからば原審が被告人Y1を労働基準法第八条第十四号にいわゆる接客業を営む事業主被告人Y2をその事業の経営者であつてY1の為に行為をなすもの、Bを右事業に従事する労働者と認めることは相当であつて所論は理由がない。
〔労基法総則-強制労働〕
 (二) 次に原判決挙示の各証拠を綜合すればBが逃亡の途中Cに発見され被告人等方に連れ帰られるや被告人等は判示のように同人を叱責し所持金品をとりあげその後数日間同女が髪結や便所に行くときも女中を附添わせて同人を看視し又夜間就寝する時には外出着、シュミーズ等をもとりあげて逃亡を防止しよつて同人の自由を束縛し同人をして已むなくその後一週間に亘り客席に出て客の相手をさせたことが認められるのであつて、右は労働基準法第五条にいわゆる精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて労働者の意思に反し労働を強制したものに外ならない。
 (中略)
 所論の昭和二十二年一月十五日勅令第九号によりいわゆる公娼制度が廃止された後に於ては売淫行為をさせることを内容とする営業が最早存在を許されぬものであることは多言を要しないところであつて同勅令の発布後に於て営業を認許せられている待合業、特殊喫茶店等は客の飲食遊興の為客席で接待をして客に飲食又は遊興をさせる事業をいうものであり、又右の営業に従事するいわゆる接客婦もまた正当な業務として法律上の保護を受くべきものであることは言を俟たない。故にもし右営業主がその接客婦に対する使用従属関係を濫用して売淫行為をなさしめることを内容とする契約をなし、又は不当に接客婦を困惑せしめて売淫行為をなさしめたとすれば、その行為自体が前記勅令により処罰せられることは格別その故を以つて正当な営業として認許された接客業自体が違法行為を目的とする営業として労働基準法の適用外に置かるべきものとする理由はない。原審は被告人Y1を右労働基準法所定の接客業者、Bをその従業者と認めたものであつて、同人等の間に売淫行為を目的とする契約関係が存在したものと認めたものでないことは前段説示の通りであるから原審がこれに対し労働基準法を適用処断したことは相当であつて所論のような違法があるということはできない。