全 情 報

ID番号 10542
事件名 建造物侵入等被告事件
いわゆる事件名 石川島重工業事件
争点
事案概要  レッドパージにより解雇された者が工場に立入ったとして建造物侵入で起訴された事例。
参照法条 労働基準法3条
日本国憲法14条
日本国憲法19条
日本国憲法28条
刑法35条
体系項目 労基法総則(刑事) / 均等待遇 / 信条と均等待遇
裁判年月日 1952年9月24日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号
裁判結果 一部有罪(懲役3か月)・一部無罪
出典 刑事裁判資料102号576頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法総則-均等待遇-信条と均等待遇〕
 そもそも国家が刑法を以て住居侵入罪を罰する所以は、憲法に保障する個人の住居の安全を保護し私生活の秘密を侵害する行為を排除せんが為めである。而して住居たるには、居住者が法律上又は事実上の支配を有することを先決条件とし、その理は或は民法上の賃借債務不履行後における不法占拠の場合たると、何等の権限なくして最初よりの所謂不法占拠の場合たるとを問はず同様に解すべきであつて、若し法令又は正当なる事由なくして他人の住居に立入るときは等しく住居侵入罪を構成すること勿論である。
 而して本件の如き建造物たる工場等の如き場合については如何、今日工場は個人企業たると会社企業たるとは問わず多数の従業員を擁し生産業務に従事しているのであるが、その所有権に基く場合たると、賃貸借等に基く場合たるとを問わず工場の占有権は第一次には使用者たる企業主に在るを通例とする。而して被傭者である従業員においても副次的に占有権乃至事実上の支配権を有すべく少くとも従業員の就業時間中はこの理を認むるに非ざれば工場の安全は保障し得ないのであろう。このことは、工場の占拠の権限の有無が問題になつた場合を想えば一見明瞭であると思考する。そこで被告人Y1の本件の場合について見るに、同人は前記認定の如く昭和二十五年六月十五日会社より解雇の通知を受けた後諸証拠によれば折々組合事務遂行の為前記工場に私かに出入していたことは推測に難くはないが後記被告人Y2の如く職場として出入し引続き本件発生の日まで就労を続けていたことはこれを認められない。然らば既に右解雇の通知を受けた日より四ケ月以上も経過しており同工場の事実上の支配権を喪失したものと云うべくこの場合解雇が有効か否かの問題に触れるまでもなく工場側の意思に反し而かもその手段たるや通常の方法によつた訳でもなく会社側守衛等の制止を排除し守衛所の窓口より飛入り同工場構内に侵入したのであつて、建造物侵入罪を構成すること明かである。
 〔中略〕
 憲法第二十八条が勤労者の団結権及び団体交渉権その他の団体行動をする権利を保障しこれを労働組合法第一条第二項本文が刑法第三十五条の規定即ち正当業務行為に関する規定は、労働組合のこれ等目的を達するためにした正当なものについても適用があるものとしている所以のものは、民主憲法の下勤労者の団結権の保障及び団体交渉権等の助成によつて労働者の地位の向上を図り経済興隆に寄与することの目的によるものであつて、但しいかなる場合においても暴力の行使は許されないのである。飜つて本件についてこれを見るに、被告人Y1は、前記認定の如く昭和二十五年六月十五日附を以て就業規則に違反するの故を以て会社より解雇通知を受け、これに対しては前記のように、組合と会社との団体交渉は妥結するに至らず組合の方針により東京都労働委員会に対し個人提訴を為したが、その後これを取下げ別に組合として東京地方裁判所に対し前記のように仮処分の申請をなしたけれども未だその決定を見ない間自らの判断及び未だ組合員であるから会社の従業員であるとの見解に立ち前記のような方法により工場構内に侵入したのであつて正に暴力を用いたものに外ならない。これは労働運動が法の下に規制されている事実を度外視したものであつて斯くては暴に報ゆるに暴を以てするの譏りを免れざるべく到底正当なる行為とは認め得ない。仮に就業規則が正当なものでなくこれに基く会社の解雇通知が無効なものであつてもそのことが公に法的に確立されていない以上静視すべきであつてこの場合自救行為は法律上認められないのである。