ID番号 | : | 10553 |
事件名 | : | 労働基準法違反被告事件 |
いわゆる事件名 | : | 日本衡器工業事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 賃金不払につき会社取締役等が起訴された事例。 |
参照法条 | : | 労働基準法24条2項 労働基準法120条 労働基準法121条 |
体系項目 | : | 賃金(刑事) / 賃金の支払い方法 / 定期日払い 賃金(刑事) / 賃金の支払い方法 / 罪数 罰則(刑事) / 両罰規定 |
裁判年月日 | : | 1958年7月17日 |
裁判所名 | : | 東京高 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 昭和33年 (う) 497 |
裁判結果 | : | 棄却 |
出典 | : | 東高刑時報9巻7号205頁/高裁刑特報5巻8号326頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔賃金-賃金の支払い方法-定期日払い〕 労働基準法第二十四条第二項本文が「賃金は、毎月一回以上一定の期日を定めて支払わなければならない。」と定め、その違反に対して同法第百二十条第一号の罰則をもつて臨むのは、いうまでもなく労働者保護の目的にでたものである。賃金によつて労働者はその生活を維持する。それが一定期日に必ず支払われることによつて労働者の生活が安定する。労働者の生活安定をはかる事が社会的にいかに重要であるかという事を認識すれば労働基準法が罰則をもつて一定期日における賃金支払を雇傭者の義務とし、その履行を強制した所以を理解できる。しかし企業の経営は時に起伏変動を免れないのは経済の常であり、一朝経営不振に陥れば、たとい経営者が最善を尽しても、労働基準法に定めた一定期日における賃金支払を為し得ない場合を生じる事も絶無ではない。同法はそのような場合をすべて第二十四条違反と定めた趣旨とは解し得ない。 〔中略〕 しかしながら、経営者の賃金不払が違法でないというのは特殊例外な事例であるから、同条違反でないとするには厳格な解釈を為すべきものである。経営者が最善を尽しなお支払遅延を防止し得なかつたとするには、経営者が他から資金の融通を受けるについて努力したか否か、賃金以外の支払が真に必要やむを得ざるもので、その履行を猶予して貰うことができない性質のものであるか否か、或いは賃金以外の支払を為すことにより賃金の支払が遅延するとしても、もし前者の支払を怠ることにより労働者に賃金の一時払以上の損失を生ずることがないかどうか、いい換えれば経営者の賃金遅払防止のための努力が客観的に最善のものと認め得るか否かを審究し、然る後に初めて労働基準法第二十四条違反が成立するか否かを断ずべきであつて単に経営者側の主観的な判断に基いた支払不能の状態の如きは同条違反の罪の成立を妨げるものとはいえないこともちろんである。これを本件についてみると、 〔中略〕 労働基準法第二十四条第二項違反として同法第百二十条第一号に問擬すべきこと当然である。所論前段は右支払不能は不可抗力的なものと主張するのである。 〔中略〕 支払不能といい得る状態にあつたと認められるが、経営者が右困難を克服し、支払遅延を防止するため最善の努力を尽したもので、真に客観的不能状態にあつたとは認められない。殊に被告会社は昭和二十九年十二月以後も衡器の生産を継続し、その間収入の途が杜絶したわけではなかつたこと記録上明白であるに拘らず、これらの収入を何時いかなる目的をもつて賃金支払以外の用途に充当したのか具体的には一切不明であり、 〔中略〕 被告会社或いは被告人Y1個人がA信用金庫に五十六万の預金を有していたに拘らずこれがいつしかなくなつてしまつたことが認められ、経営者の努力の如何によつて労働者に対し賃金支払を為し得たであろうと推測される事例も記録上ないわけではないから、労働基準法第二十四条違反が成立しないとする論旨は理由がない。 〔賃金-賃金の支払い方法-罪数〕 次に論旨は労働基準法第二十四条第二項違反は支払を受けなかつた労働者各人について犯罪が成立するのでなく、多数労働者に対する集団的不払は単一の犯意に基く一個の違反に過ぎないと主張する。しかし多数の労働者に対する賃金支払を為さなかつたことの犯意は、支払を受けなかつた労働者各個人別に生じるとみても不当ではない。殊に本件に於ては昭和二十九年十二月分賃金の支払につきBら六名に対して賃金を一定期日に支払わなかつたことは前記のとおりであるに拘らず、同じく労働者であるCDらに対しては同月分を支払つているのである。同一工場に就労している同一条件の労働者でありながら、賃金を支払うと支払わないとの差異を来していることに徴しても、特定の労働者について各人別に一定期日に賃金を支払わない犯意があつたと認められ、多数労働者に対する集団的不払なるが故に包括的な単一の犯意とみなければならないものではないのである。又同条違反に対する刑は罰金五千円の小額のものに過ぎない。然るに同条違反の行為は多数労働者を雇つている大規模な企業形態にも発生し得るのはもちろんの事で、もし大会社による計画的な賃金不払が集団的に発生した場合にも、すべて単一犯意による犯行と認めなければならないものとすれば、その違反行為が多数の労働者について発生し、その情状軽いとはいえないのに罰金五千円を科し得るに過ぎないことになり、行為と刑罰との均衡がとれない。労働基準法がそれほど不合理な刑を規定したものと解することはできない。従つて労働基準法第二十四条第二項違反の犯罪は労働者に対する一定期日に於ける賃金の支払を確保する趣旨のもので、その犯意が単一であるとは認め難いときは、支払を受け得なかつた労働者各人毎に同条違反の犯意が形成されているものと認められ、単一犯意による一個の違反行為が存在するのみであるとすることはできない。 〔罰則-両罰規定〕 論旨は、原判決が労働基準法第百二十一条を根拠とし、被告会社並びに被告人両名双方を処罰したのを違法であると主張する。なるほど同条は「この法律の違反行為をした者が、当該事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為した代理人、使用人その他の従業者である場合においては、事業主に対しても各本条の罰金刑を科する」ものとし、代理人、使用人その他の従業者とあるのみで、事業主が法人である場合の代表者の違反行為について事業主たる法人を処罰する旨を明示しているわけではない。 〔中略〕 労働基準法第百二十一条を字義どおりに解すれば、会社取締役の如きは代理人、使用人その他の従業者というに該当しない。しかし同条はいわゆる両罰規定で行為者本人の外になお事業主を、もしその事業主が法人であれば法人を処罰する趣意であるが、法人の代理人、使用人その他の従業者の違反行為によつてさえ法人を罰し得るのに、それ以上に法人と関係の深い法人代表者の違反行為により当該法人を処罰し得ないものと解するのは不合理であり、同条が単に代理人使用人その他の従業者と規定し代表者を入れていないとしても法人の代表者は同条の代理人というに包含されている趣旨と解するのが相当であり、従つて被告会社代表者たる被告人Y1、Y2両名の本件違反行為につき行為者たる被告人両名が罰せられる外被告会社に対しても各本条の罰金刑を科し得るものと解すべきこと当然である。同条但書に法人の代表者に対する免責事由を規定していることから所論のように、違反行為者が法人の代表者である場合に法人のみを処罰する旨規定し行為者を処罰しない趣旨であるとか、又は代表者の違反行為につき法人を処罰する根拠とすることが許されないと解すべきものではない。又他の法令たとえば法人税法第五十一条が本条と同じ両罰規定で、かつ法人の代表者の場合を明示しているとしても、労働基準法第百二十一条を前記の如く解するを妨げないところである。論旨は独自の見解に過ぎず、理由がない。 |