全 情 報

ID番号 90011
事件名 退職金請求事件
いわゆる事件名 ピアス事件
争点 在職中に競業会社の設立に関わったことが、競業避止義務・機密保持義務に反し、懲戒解雇事由にあたるか、退職金の支払い停止事由に当たるかが争われた事案
事案概要 (1) 美容サービス業を営むY社は、日本国内での独占代理店契約を結んだ米国の眉美容事業者A社に、X1、X2(以下「Xら」)を派遣して眉美容技術を習得させた上で、国内での技術指導ディレクターに任命して技術指導に当たらせていたが、Xらは機密保持契約書を提出した約1年後の、退職届を提出した後ではあるが未だ在職中に、競業会社C社を設立し、その取締役に就任した。そこで、Yが既に退職していたX1には懲戒解雇処分に相当すると、また、X2には懲戒解雇する旨を通知するとともに、退職金を支給しなかったことから、Xらは退職金の支払いを求めて提訴した。
(2) 大阪地裁は、既に退職した労働者を懲戒解雇できないし、懲戒解雇の場合には、退職金を支給しないか減額できる定めがあったとしても、その定めをもって直ちに不支給や減額はできないが、退職金の特に功労報償的な性格に照らし、それまでの功を抹消・減殺する程度に著しく信義に反する行為があったときは、退職金請求の全部・一部が権利の濫用に当たり、退職金を不支給・減額できる場合があるとし、Xらの請求は、権利の濫用にあたるとして棄却した。  
参照法条 民法1条
民法623条
労働契約法
体系項目 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/競業避止義務
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/二重就職・競業避止
裁判年月日 2009年3月30日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成18年(ワ)12146号 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例987号60頁
労働経済判例速報2043号7頁
審級関係
評釈論文 石橋洋・法律時報82巻10号125~128頁2010年9月
小牟田哲彦・季刊労働法236号166~176頁2012年3月
判決理由 〔労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/競業避止義務〕
〔懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/二重就職・競業避止〕
(中略)ところで、退職金規程に基づく退職金の支給要件を満たす労働者が既に退職した場合、使用者は、同労働者に対して懲戒解雇をすることができず、したがって、懲戒解雇による場合に退職金を不支給又は減額にすることができる旨の退職金規程等の定めがあるとしても、この定めをもって直ちに退職金を不支給又は減額にすることはできないと解される。
 しかし、上記の場合においても、退職金の性格(特に功労報償的性格)に照らすと、同労働者において、それまでの勤続の功を抹消又は減殺する程度にまで著しく信義に反する行為があったと認められるときは、使用者は、同労働者による退職金請求の全部又は一部が権利の濫用に当たるとして、同労働者に対する退職金を不支給又は減額できる場合があると解するのが相当である。
(中略)X1は、〈1〉Yに在職していた間に、Yの眉美容事業と競合する事業を目的とするC社を設立し、出資金を負担して、同社設立に関する準備行為をして、同社取締役に就任したと認められ、これらの行為は、Yの賞罰規程(略)の懲戒解雇事由に該当し、雇用契約に関する職務専念義務及び誠実義務に反するものであり、〈2〉Yに在職していた間(有給休暇の取得期間を含む)に、C社の共同経営者として、Cの開業準備行為(店舗の準備、従業員の雇用、店舗で販売する製品の準備、店舗ホームページの掲載等)を主宰したと認められ、これらの行為は、Yの賞罰規程(略)の懲戒解雇事由に該当するものであり、〈3〉Yに在職していた間に修得した眉美容技術を、Yの退職後にCで提供していると認められ、この行為は、(ⅰ)Y及びそのグループ企業における機密情報について、在職中及び退職後に、無断で開示、漏洩又は使用しない義務、(ⅱ)Yを退職した後、眉美容技術サービスを、日本及びその他の地域で、自己の仕事に関連して使用しない義務に違反し、また、在職中の行為については、Yの賞罰規程(略)の懲戒解雇事由に該当するものである。
(中略)〈1〉Yは、A社との契約に基づき、日本国内又はアジアにおける眉美容事業の遂行に関して、同社に相当額にわたる対価を支払っており、これによってYの眉美容事業の遂行上、必要不可欠である眉美容技術サービス又は販売製品情報を取得して、同事業で使用することが可能になったこと、〈2〉X1は、YにおけるA社との契約締結又は眉美容事業の準備及び遂行に関して、中心人物の1人として、これらに関する業務に従事しており、上記〈1〉に関する事情を十分に把握して理解できる立場にあったこと、〈3〉X1は、A社から直接研修を受ける技術者として、これによって眉美容事業の遂行上必要不可欠であった眉美容技術サービスを最初に修得する機会を得たこと、〈4〉X1によるC社の設立、Cの開業及び運営に関する行為(前記a)は、眉美容技術サービスの性質に照らして、Yの眉美容事業の遂行上、重要な情報であり、機密情報として厳重に管理されるべき情報を、競合する事業で使用して、これによって収益を得ようとするものであること、〈5〉以上に照らすと、X1による前記aの行為は、Yにおける職場秩序を少なからず乱すものであったことが認められる。
  (ウ) 前記(ア)(イ)によれば、X1による上記(イ)aの各行為は、X1のYにおける勤続の功を抹消する程度にまで著しく信義に反する行為であったと認めるのが相当である。
 以上によれば、X1の退職金請求は、その全額において権利の濫用に当たり、認められないというべきである。(中略)
a (中略)X2の各行為は、X2のYにおける勤続の功を抹消する程度にまで著しく信義に反する行為であったと認めるのが相当である。
 以上によれば、X2は、退職金の不支給事由が認められ、Yに対して退職金の支払を求める権利を有するとは認められない。(後略)