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ID番号 90018
事件名 雇用関係確認等請求控訴、同附帯控訴事件等
いわゆる事件名 K工業技術専門学校(私用メール)事件
争点 専門学校の教師が、勤務中に職場のパソコンを用いて、いわゆる出会い系サイトで私用メールの大量にやり取りしていたことが、就業規則の懲戒解雇事由にあたるかが争われた事案
事案概要 (1)私立学校法人Yが経営する専門学校の教師Xが、勤務時間中に職場のパソコンを利用して、インターネット上のいわゆる出会い系サイトでメールを大量に送受信したことを理由として懲戒解雇されたのは、解雇権を濫用したものとして、雇用契約上の地位の確認、未払い賃金・賞与の支払いを求めて提訴したもの。
(2)福岡地裁は、職務専念義務や職場規律違反、教師としての適格性に疑問がないわけではないが、懲戒解雇は客観的に合理的な理由を欠き解雇権の濫用に当たるとして、Xの雇用契約上の地位を確認するとともに、未払賃金の支払いと未払賞与の一部支払いを命じたところ、Yが控訴し、Xが一部棄却された賞与の支払いを求めて附帯控訴した福岡高裁は、Xの行為は著しく軽率かつ不謹慎であり、膨大なメールのやり取りを長期間にわたり続けることが許容されないことは誰にでも分かる自明の事であるから、懲戒解雇は相当であるとして、既に支払った賃金の支払い分の返還を命じた。  
参照法条 労働契約法第15条
体系項目 懲戒・懲戒解雇/懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/信用失墜
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/職務懈怠・欠勤
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/服務規律違反
裁判年月日 2005年9月14日
裁判所名 福岡高
裁判形式 判決
事件番号 平成17年(ネ)76号/平成17年(ネ)390号/平成17年(ネ)577号 
裁判結果 取消、自判(上告)
出典 判例タイムズ1223号188頁/労働判例903号68頁
審級関係 第一審 福岡地裁/H16.12.17/平成15年(ワ)375号
評釈論文 小出篤史・月刊高校教育45巻7号82~85頁2012年6月
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/信用失墜〕
〔懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/職務懈怠・欠勤〕
〔懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/服務規律違反〕
第3 1(中略)
(1) 前記のとおり、被控訴人が受送信したメールには性的な関係を持つことを露骨に求めるものは少なく、日常の出来事に関する雑談に類するようなたわいもないものがほとんどであったとしても、被控訴人は、控訴人学校から貸与されたパーソナルコンピューターを使用し、本件メールアドレスを用いて平成12年12月18日ころからaとの間で私用メールのやり取りを繰り返し、その後も、多数の出会い系サイトに登録し、同サイトで知り合った女性(又は女性を名乗る者)との間でメールのやり取りを繰り返していたものであり、その回数も、ハードディスクに保存されていたものだけでも、平成10年9月21日から平成15年9月3日までの間の受信記録は1650件余、平成11年5月18日から平成15年9月4日までの送信記録も1330件余にのぼっており、そのうちのa及び出会い系サイトでの受送信分も各800件以上という膨大な件数に達していて、しかも、その約半数程度が勤務時間内に受送信され、また、被控訴人が控訴人学校からパーソナルコンピューターを引き上げた平成15年9月から夏休みを挟んだ同年6月中に限ってみても、同パーソナルコンピューターによる送受信メールは各約100件ずつあり、しかも、そのほとんどがbとの私的なメールのやり取りであって、業務に関連するものはほとんどなく、連日のように複数回メールを送信し、その多くが勤務時間内に行われていたものであるなど、被控訴人の行っていた私用メールは、控訴人学校の服務規則に定める職責の遂行に専念すべき義務等に著しく反し、その程度も相当に重いものというほかない。
 また、被控訴人は、たわいのないメールの送受信にとどまらず、その発信元が控訴人学校のパーソナルコンピューターであることを推知し得る本件メールアドレスを用い、しかも、前記のとおり、複数のメール相手から控訴人学校のパーソナルコンピューターを使用していることについての危倶を示されていたにもかかわらず、平成15年7月18日には、「自分はMじゃないかな?またはMですよって思っている女性の方、先ずはお互いを十分理解するまでメール交換しましょう。話を重ねていく中でお互いの信頼が確立するまではプレーには入りませんし貴女の嫌がる行為は基本的にしません。ソフトでもハードでもご要望にお答えしますので、勇気を出して先ずメールを下さい。秘密厳守しますので安心して下さい。」との、同年8月6日には、「M嬢を探しています。経験、年齢は一切問いませんので少しでも興味があればメール下さい。お互いの感性を知ることが大切ですのでメールからゆっくり始めましょう。感性が合うM嬢と良きパートナーの関係が築けるようにお互いに努力して行きたいと思っています。SMに少しでも興味があってマゾっ気の女性であればどなたでもどうぞメール待っています。」との露骨に性的関係を求める内容のメールを送信し、しかも、上記メールは同年9月16日まで削除されることなく、第三者も閲覧可能な状態にあったのであり、かかる被控訴人の行為は著しく軽率かつ不謹慎であるとともに、これにより控訴人学校の品位、体面及び名誉信用を傷つけるものというべきである。
(2)(中略)しかし、被控訴人は、控訴人学校のものであることを推知し得る本件アドレスを用いてSMの相手を求める旨の内容のメールを送信していたものであり、かかるメールが第三者に閲覧可能な状態におかれただけで控訴人学校の名誉等を傷つけ得るものであって、このことは、上記メールを通じて被控訴人が現実に交際をしたか否かとは関わりのないところであるし、控訴人との雇用契約に基づき、被控訴人は勤務時間中、控訴人学校の職務に専念すべき義務を負っていたものと認められるにもかかわらず、被控訴人は、前記のとおり、長期間にわたり、膨大な量の私用メールを勤務時間中に送受信していたものであり、その分の時間と労力を本来の職務に充てれば、より一層の成果が得られたはずであって、かかる職務専念義務を軽視し得ないほどに怠っておきながら、事務を疎かにしなかったなどということはできない。
  また、勤務時間中、職務に用いるために貸与されたパーソナルコンピューターを用いた私用メールのやり取りを長期間にわたり、かつ膨大な回数にわたって続けることが許容されるはずがないことは誰にでも分かる自明のことであって、控訴人学校がパーソナルコンピューターの使用規程を設けていたか否かによって、その背信性の程度を異にするものということはできないし、被控訴人以外の控訴人学校の職員の中に、少なくとも、被控訴人に匹敵するほどに私用メールを繰り返していた者がいたことを推認させる証拠はなく、仮にかかる行為を行っていた者が他にいたとしても、控訴人がその事実を把握していながら、被控訴人に限って、懲戒解雇するなどの偏頗な処分をしていたことを窺わせる証拠もない。
(中略)控訴人学校の調査によって被控訴人の不正行為が発覚した後も、本件出勤停止の措置が採られるまでの間、事情聴取をした上司に対して謝罪や反省の弁を述べることもなかったのであり、その後に謝罪文を提出し、同僚が嘆願を求めるなどしていたとしても、そのことを殊更に重視することはできない。また、本件懲戒解雇が過去の被控訴人の行為に対する報復的なものであると認めるに足りる証拠はないうえ、前記のとおりの被控訴人の非違行為の程度及び被控訴人が教育者たる立場にあったことからすれば、本件懲戒解雇は誠にやむを得ないものであって、これが不当に苛酷なものということもできない。(中略)
上記のとおり、被控訴人が行った行為が控訴人学校の服務規則に定める懲戒解雇事由に該当することは明らかであり、このことは、被控訴人の行為によって、現実に控訴人学校の志願者数に影響を与えるなどの実害を生じたか否かによって変わるところはないし、その他に、本件懲戒解雇が解雇権の濫用であるとして被控訴人が縷々主張するところは、いずれも採用することができない。
  (3) 以上によれば、本件懲戒解雇は相当であり、これが権利の濫用として許されないものということはできないから、その余の点を判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求には理由がない。
 3 よって、本件控訴に基づき、原判決中の控訴人敗訴の部分を取り消して、被控訴人の請求を棄却するとともに、本件附帯控訴には理由がないからこれを棄却し、また、乙18及び19によれば、原判決の仮執行宣言に基づき、平成17年1月20日に控訴人が被控訴人に対し、995万0315円を支払ったことが認められる(同金員の支払自体は当事者間に争いがない。)から、民訴法260条2項を適用し、被控訴人に対し、同金員及びこれに対する上記支払日の翌日である同月21日から支払済みまで年5分の割合による損害金の支払を命じることとして、主文のとおり判決する。