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ID番号 90020
事件名 解雇無効確認等請求事件
いわゆる事件名 東芝事件/東芝(うつ病・解雇)事件
争点 労働者が自らの精神的健康に関する情報を使用者に申告しなかったことを過失として安全配慮義務違反と相殺できるかが争われた事案
事案概要 (1) 大手電気機器製造業Yに入社したXは、入社10年後の平成12年11月にはプロジェクトのリーダーとなったが、不眠症などの不調を訴えるようになり、業務の軽減などを申し入れても容れられず、さらに業務を追加されるなどした結果、体調が悪化し、有給休暇をすべて取得した後に欠勤し、休職期間が満了した平成16年9月に解雇された。そこでXは、「うつ」の発症は過重な業務が原因であることから、解雇は無効であるとして、地位の確認と解雇後の賃金、慰謝料等を求めて提訴したもの。
(2) 東京地裁は、YがXの業務を軽減しなかったことは安全配慮義務違反にあたるとしたが、東京高裁は、Xが外部の医院にかかっていた事実や病名をYに報告しなかったことにも責任の一端はあるとして、過失相殺を認め損害賠償額を減額した。最高裁では、YはXの体調の悪化に気付ける状況にあったことから、労働者が申告しなくても業務を軽減するなど配慮しなければならないとして、過失相殺を認めず、一部を破棄し東京高裁に差戻した。  
参照法条 民法418条
民法722条2項
民法536条2項
労働基準法19条1項
体系項目 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/労働者の損害賠償義務
休職/休職期間中の賃金 (休職と賃金)
解雇(民事)/解雇事由/病気
裁判年月日 2014年3月24日
裁判所名 最高二小
裁判形式 判決
事件番号 平成23年(受)1259号 
裁判結果 一部破棄差戻し、一部棄却
出典 裁判所時報1600号1頁
労働判例1094号22頁
労働経済判例速報2209号3頁
審級関係 控訴審 東京高裁/H23.2.23/平成20年(ネ)2954号
一審 東京地裁/H20.4.22/平成16年(ワ)24332号
評釈論文 牟礼大介・NBL1023号5~8頁2014年4月15日
夏井高人・判例地方自治380号93~97頁2014年5月
判決理由 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-労働者の損害賠償義務〕
4 (1)ア 上告人は、初めてプロジェクトのリーダーになるという相応の精神的負荷を伴う職責を担う中で、業務の期限や日程を更に短縮されて業務の日程や内容につき上司から厳しい督促や指示を受ける一方で助言や援助を受けられず、上記工程の担当者を理由の説明なく減員された上、過去に経験のない異種製品の開発業務や技術支障問題の対策業務を新たに命ぜられるなどして負担を大幅に加重されたものであって、これらの一連の経緯や状況等に鑑みると、上告人の業務の負担は相当過重なものであったといえる。
  イ 上記の業務の過程において、上告人が被上告人に申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報は、神経科の医院への通院、その診断に係る病名、神経症に適応のある薬剤の処方等を内容とするもので、労働者にとって、自己のプライバシーに属する情報であり、人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる。使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ、上記のように労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである。(中略)上記の過重な業務が続く中で、上告人は、平成13年3月及び4月の時間外超過者健康診断において自覚症状として頭痛、めまい、不眠等を申告し、同年5月頃から、同僚から見ても体調が悪い様子で仕事を円滑に行えるようには見えず、同月下旬以降は、頭痛等の体調不良が原因であることを上司に伝えた上で1週間以上を含む相当の日数の欠勤を繰り返して予定されていた重要な会議を欠席し、その前後には上司に対してそれまでしたことのない業務の軽減の申出を行い、従業員の健康管理等につき被上告人に勧告し得る産業医に対しても上記欠勤の事実等を伝え、同年6月の定期健康診断の問診でもいつもより気が重くて憂鬱になる等の多数の項目の症状を申告するなどしていたものである。(中略)上告人は、上記のとおり体調が不良であることを被上告人に伝えて相当の日数の欠勤を繰り返し、業務の軽減の申出をするなどしていたものであるから、被上告人としては、そのような状態が過重な業務によって生じていることを認識し得る状況にあり、その状態の悪化を防ぐために上告人の業務の軽減をするなどの措置を執ることは可能であったというべきである。これらの諸事情に鑑みると、被上告人が上告人に対し上記の措置を執らずに本件鬱病が発症し増悪したことについて、上告人が被上告人に対して上記の情報を申告しなかったことを重視するのは相当でなく、これを上告人の責めに帰すべきものということはできない。
 ウ (中略)上告人が上記の情報を被上告人に申告しなかったことをもって、民法418条又は722条2項の規定による過失相殺をすることはできないというべきである。
 (3) 以上によれば、被上告人の安全配慮義務違反等を理由とする上告人に対する損害賠償の額を定めるに当たり過失相殺に関する民法418条又は722条2項の規定の適用ないし類推適用によりその額を減額した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものというべきである。
 (4) 原審は、安全配慮義務違反等に基づく損害賠償請求のうち休業損害に係る請求について、その損害賠償の額から本件傷病手当金等の上告人保有分を控除しているが、その損害賠償金は、被上告人における過重な業務によって発症し増悪した本件鬱病に起因する休業損害につき業務上の疾病による損害の賠償として支払われるべきものであるところ、本件傷病手当金等は、業務外の事由による疾病等に関する保険給付として支給されるものであるから(健康保険法1条、55条1項)、上記の上告人保有分は、不当利得として本件健康保険組合に返還されるべきものであって、これを上記損害賠償の額から控除することはできないというべきである。
 また、原審は、上記請求について、上記損害賠償の額からいまだ支給決定を受けていない休業補償給付の額を控除しているが、いまだ現実の支給がされていない以上、これを控除することはできない(最高裁昭和50年(オ)第621号同52年10月25日第三小法廷判決・民集31巻6号836頁参照)。
5 以上のとおり、(中略)原判決中損害賠償請求に関する上告人敗訴部分は破棄を免れず、損害賠償の額等について更に審理を尽くさせるため、同部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。また、差戻し後の控訴審においては、被上告人の規程に基づく見舞金の額から控除される慰謝料の額等が審理の対象となりその額も変動し得るので、上記の法令の違反は見舞金支払請求に関しても判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中見舞金支払請求に関する上告人敗訴部分についても、これを破棄し、同部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。