ID番号 | : | 90024 |
事件名 | : | 損害賠償請求事件(205号)、弔慰金請求事件(206号) |
いわゆる事件名 | : | 九電工事件 |
争点 | : | 長時間労働を原因としてうつ病に罹患した労働者が自殺した事案で、使用者が労働時間等を適正に把握して必要な対応をとるなど、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を尽くしていたかが争われたもの。 |
事案概要 | : | (1)Ⅹ1の子Aが、Y社で長時間労働等の過重な業務に従事させられた結果、うつ病を発症して自殺したとして、①
Ⅹ1ら3名がY社に、不法行為及び安全配慮義務違反に基づき逸失利益等の損害賠償等を、②
Ⅹ1がY社に、その就業規則の規定に基づく弔慰金等の支払を求めて提訴したもの。 (2)福岡地裁は、① うつ病発症前1年間の時間外労働は毎月長時間に及び、② その職務も肉体的・心理的負荷をもたらすものであったこと等から、③ 自殺との間には相当因果関係があること、④ 自己申告制を採っていたのであるから過剰な時間外労働を余儀なくされ、その健康状態が悪化しないように注意するなどの義務があったとして、⑤ 損害賠償責任を認め、過失相殺ないしその類推は認められないとするとともに、⑥ 弔慰金は全額認容した。 なお、労働基準監督署長は、Aの自殺を業務上と認めている。 |
参照法条 | : | 民法623条 民法709条 民法722条 労働契約法5条 |
体系項目 | : | 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/労働者の損害賠償義務 |
裁判年月日 | : | 2009年12月2日 |
裁判所名 | : | 福岡地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成20年(ワ)205号/平成20年(ワ)206号 |
裁判結果 | : | 一部認容、一部棄却(205号)、容認(206号) |
出典 | : | 判例時報2073号76頁 労働判例999号14頁 |
審級関係 | : | 控訴、控訴後和解 |
評釈論文 | : | 小西康之・季刊労働法233号104~116頁2011年6月 |
判決理由 | : | 〔労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕 〔労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/労働者の損害賠償義務〕 Aは、遅くとも平成16年7月末ころには、本件精神障害を発症していたと認めるのが相当である。 Aは、本件工事に携わった平成15年8月以降、日中は現場巡視や元請会社や下請との間で協議・連絡のほか、現場作業員への対応に追われたため、午後5時以降に時間と労力を要する施工図の作成・修正作業を行うことを余儀なくされ、平成16年7月まで1年間という長期間にわたって過重な長時間労働に従事したことによって著しい肉体的・心理的負荷を受け、十分な休息を取ることができずに疲労を蓄積させた結果、平成16年7月末までには本件精神障害を発症し、それに基づく自殺衝動によって本件自殺に及んだというべきであり(一般に、業務繁忙のピークが過ぎてから自殺に至る例も多く見られる。)、Aが従事した業務と本件自殺との間に相当因果関係があることは明らかである。 Yが負っている注意義務の内容は、労働者の労働時間、勤務状況等を把握して労働者にとって長時間又は過酷な労働とならないように配慮するというものであるところ、Yは、Aに対して労働時間の実態を勤務票に正しく記録し、適正に自己申告を行うよう指導したり、労働者の労働時間に関する実態調査をするなど、Aの労働時間や勤務状況等を適正に把握せず、その結果、極めて長期間に及ぶ時間外労働の状況を何ら是正することがなかったこと(中略)から、Yが主張する程度の配慮では、安全配慮義務が尽くされていないことは明らかである。 Aの時間外労働時間数が、1年という長期間にわたって連続して100時間を超えており、十分な支援体制が採られないまま、Aは、過度の肉体的・心理的負担を伴う勤務状態において稼働していたのであるから、Yにおいて、このような勤務状態がAの健康状態の悪化を招くことは容易に認識し得たといわざるを得ない。 Aは、自分がうつ病であるかもしれないとの疑いを持って、Ⅹ1に漏らしたことがあり、Ⅹ1もAのうつ病あるいはその予兆ともいうべき症状に気付いていたことがうかがわれるが、うつ病の発症や治療の要否の判断は容易ではなく、A及びⅩ1がうつ病に関する十分な知識を有していたとも認められない。むしろ、Aの就労状況からすれば、使用者であるYが当然に労働時間の抑制その他適切な処置をとるべきであったといえるから、A及びⅩ1に過失を認めることはできない。 本件において、業務以外の心理的負荷あるいは個体側要因による寄与度に基づく減額を認めるのは相当ではない。 |