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ID番号 90025
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 大庄ほか事件
争点 飲食店従業員Aが急性左心機能不全により死亡した事案につき、会社が安全配慮義務違反による損害賠償責任を負うかが争われた事案
事案概要 (1) Xらの子Aが平成19年4月1日に入社したY社で勤務していた、同年8月11日、急性左心機能不全により死亡したことから、Xらは、死亡の原因はY社の長時間労働にあるとして、Y社には不法行為又は債務不履行(安全配慮義務違反)による損害賠償を、Y社の取締役Y1~Y4には、不法行為又は会社法429条1項(役員等の第三者に対する損害賠償責任)に基づく損害賠償を、それぞれ請求したもの。
(2)京都地裁は、Aの死亡の原因はY社の長時間労働にあるとしてY社の不法行為責任とY1~Y4の会社法429条1項による責任をそれぞれ肯定するとともに、自己管理の不十分さを認めるに足りる証拠はないとした。東京高裁はY1らの控訴を棄却し、最高裁はY1らの上告を受理しなかったことから、判決は確定した。
参照法条 民法415条
民法416条
民法709条
会社法429条
労働契約法5条
体系項目 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/労働者の損害賠償義務
裁判年月日 2011年5月25日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 平成22年(ネ)1907号 
裁判結果 控訴棄却
出典 労働判例1033号24頁
審級関係 <上告審>最高第三小/H25年09月24日/平成23年(オ)第1510号/平成23年(受)第1695号/棄却、不受理、確定
<第一審>京都地裁/H22年5月25日/平成20年(ワ)4090号/平成21年(ワ)64号
評釈論文 天野晋介・季刊労働法236号154~165頁2012年3月
根本到・法学セミナー57巻5号137頁2012年5月
高仲幸雄・労働法令通信2338号20~22頁2014年1月8日
佐久間大輔・実務に効く 労働判例精選(ジュリスト増刊)169~180頁2014年3月
南健悟・速報判例解説〔12〕(法学セミナー増刊)263~266頁2013年4月
判決理由 〔労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
〔労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/労働者の損害賠償義務〕
当裁判所も、被控訴人らの請求は、少なくとも原判決が認容した限度においては理由があるから正当としてこれを認容すべきものと判断する。
本件において過重労働であったか否かの判断をする際には、現実に起きたAの死亡との関係を考慮する必要があるから、労災認定における計算方法(死亡時から逆算して月々の労働時間を計算する方法でもある。)を採用することが相当であるし、本件では、別紙1と2(略)の計算結果には有意の差が認められないことからすると、現実の時間外労働時間数からみて、Yらが主張する計算方法を採用した場合でも、業務の過重性の判断に違いを生じることはないというべきである。
Y1としては、現行認定基準をも考慮にいれて、社員の長時間労働を抑制する措置をとることが要請されており、その際、現実に社員が長時間労働を行っていることを認識し、あるいは容易に認識可能であったにもかかわらず、長時間労働による災害から労働者を守るための適切な措置をとらないことによって災害が発生すれば、安全配慮義務に違反したと評価されることは当然のことである。
Y1が社員の長時間労働の抑制のために、社員の労働時間を把握し、長時間労働の是正のための適切な措置をとっていたとは認められない。
当裁判所は、Y1が入社直後の健康診断を実施していなかったことが安全配慮義務違反であると判断するものではない。しかしながら、健康診断により、外見のみからではわからない社員の健康に関する何らかの問題徴候が発見されることもあり、それが疾病の発生にまで至ることを避けるために業務上の配慮を行う必要がある場合もあるのである。新入社員の健康診断は、必ずしも一斉に行わねばならないものではなく、適宜の方法で行うことが可能なのであるから、Y1が入社時の健康診断を自ら就業規則に定めながらこれを行わなかったことを、Y1の社員の健康に関する安全配慮義務への視点の弱さを表す事実の一つとして指摘することは不当ではない。
本件専門検討会報告は、本件と同様の心疾患発生の医学的機序が不明とされる事案においても長時間労働と災害との因果関係の蓋然性を認めるものであるところ、多数の社員に長時間労働をさせておれば、そのような疾患が誰かには発生しうる蓋然性は予見できるのであるから、現実に疾患がどの個人に発生するかまで予見しなくとも、災害発生の予見可能性はあったと考えるべきである。
控訴人Y5は管理本部長、控訴人Y3は店舗本部長、控訴人Y4は支社長であって、業務執行全般を行う代表取締役ではないものの、Aの勤務実態を容易に認識しうる立場にあるのであるから、Y1の労働者の極めて重大な法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し、長時間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務があることは明らかであり、この点の義務懈怠において悪意又は重過失が認められる。そして、控訴人Y2は代表取締役であり、自ら業務執行全般を担当する権限がある上、仮に過重労働の抑制等の事項については他のYらに任せていたとしても、それによって自らの注意義務を免れることができないことは明らかである(最高裁昭和39年(オ)第1175号同44年11月26日大法廷判決・民集23巻11号2150頁参照)。また、人件費が営業費用の大きな部分を占める外食産業においては、会社で稼働する労働者をいかに有効に活用し、その持てる力を最大限に引き出していくかという点が経営における最大の関心事の一つになっていると考えられるところ、自社の労働者の勤務実態について控訴人取締役らが極めて深い関心を寄せるであろうことは当然のことであって、責任感のある誠実な経営者であれば自社の労働者の至高の法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し、長時間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務があることは自明であり、この点の義務懈怠によって不幸にも労働者が死に至った場合においては悪意又は重過失が認められるのはやむを得ないところである。なお、不法行為責任についても同断である。
Aの自己管理の不十分さを認めるに足りる証拠が存在しないことは前記説示(原判決引用部分)のとおりである。